研究概要 |
中国は世界的な生物多様性のホットスポットであり,急速な経済発展による悪影響が懸念されている。人間活動が生物多様性に与える影響について定性的な記述はあるものの科学的な根拠を提示できる知見は少なく,地域レベルで効果的な保全計画を策定できない状況にある。中国・長江デルタに位置する太湖流域は古来「魚米の郷」と呼ばれ,中国有数の豊かさを誇る穀倉地帯・淡水漁業地帯である。同時に,中国で最も経済発展の著しい地域であり,水環境の悪化,生物多様性の低下が危惧されている。本研究の目的は,太湖流域の健全な水域生態系と生物多様性の保全に向けて,水生生物の現状および影響を与える人為的インパクトを科学的に評価し,具体的な生物多様性の保全再生手法を提案することである。研究は太湖に流入する最大河川で,豊かな自然環境が残っている東〓 渓川流域を対象とした。 研究初年度である平成23年度は以下のことを行った。 1)広域現地調査:東〓 渓川において魚類,水生植物を中心とした淡水生態系に関する詳細な生物調査及び物理・化学環境調査を実施した(76地点).魚類と水生植物の生息密度調査,および水深,流速,底質といった物理的環境要素のほか水質(DO,水温,電気伝導度,Chl-a,栄養i塩類等)を測定した。 2)魚類多様性ホットスポットの抽出:調査で得られた魚類の広域的な分布データから3つの生態学的指標(Richness, Rarity index, Irreplaceability)を計算し,魚類の多様性のホットスポットとして優先的に保全すべき地点を選出した。結果はGISによりマップ化した。 3)魚類多様性評価モデルの作成:東〓 渓川下流域について,魚類,水生植物と環境要因の関係を一般化線形モデルにより解析した.その結果,下流域においては船舶の航行に伴って発生した濁水が魚類の多様性や密度を大きく低下させていることが明らかとなった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初計画の通り,生物多様性ホットスポットの抽出および下流域における生物多様性評価モデルの構築が完了した。加えて,当初の計画にはなかった中流域における生物と影響を与える人為的インパクトの因果関係についても明らかになりつつある。中流域においても生物多様性評価モデルの構築に目途が立った。これは,共同研究を行っている中国・同済大学との緊密な連携により,質の高い調査データ(特に水質に関して)が得られたためであると考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
平成24年度は中流域の魚類多様性を評価できるモデルを構築し,魚類と人為的インパクトの因果関係を整理する。また,具体的な保全再生手法についても4月に太湖流域管理局に対して最初の提案を行う。提案の内容としては,東〓 渓川流域において優先的に保全すべき場所,および下流域における航走波,濁度のインパクト低減を目指した河岸帯の設計を予定している。具体的には,清浄な支川の水を河岸域に留め,かつ消波工により河岸帯の撹乱を抑える方法で,実際に設計案の河岸を実験的に設置する方向で話が進んでいる。そのため効果検証のための事前調査も行う。
|