本研究の大目標は慣習的規範の解明である。慣習的規範とは、例えばマナーに関する決まりなど、単なる合目的性といった観点からはそれに従う必然性を説明しきれないような規範である。慣習的規範の持つこのような特徴は、我々はなぜ規範を持ち、規範に従うのかという重要な問いの根本に関わるものである。さらに本研究では、応用研究としてジェンダーの脳神経倫理をテーマとし、脳の性差に関する研究や言説の背後にあるジェンダー規範について考察する。 本年度の研究は、これまでの成果をまとめるとともに、今後の展望を大きく開くものとなった。 基礎研究に当たる規範の研究においては、昨年度・一昨年度に引き続き、規範と共同体・共同性との結びつきに注目するという方針のもとで、共同行為や共同性に関する考察を深めた。本年度はP. プティットによる集団行為者性についての議論を検討し、そこにおいて集団行為者性の持つ関係的・間主観的性格を見出した。この成果は、研究協力者を務める「共同行為と共感についての学際的研究(課題番号24520006)」の成果報告会において発表し、論文にまとめた。 そして、本研究の成果をまとめる形で博士論文「反個人主義的共同行為論―問主観的な行為者性」を完成させた。これは共同行為における行為者間の相互関係に注目する議論を展開させることで、行為者性一般を、規範的な拘束を伴う相互関係によって特徴づけられる間主観的なものとして描き出したものである。 応用研究であるジェンダー研究においては、「脳の性」に関するポピュラー言説をナラティヴとして捉えるアプローチを前年度より継続しつつ、女性の経験や多様な身体の経験に焦点化するフェミニスト現象学との接続、また、行為論における、行為者の非合理性に焦点化するアプローチとの接続を試みた。この成果は日本大学でのシンポジウムにおいて発表した。
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