研究課題/領域番号 |
11J04671
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
諫早 庸一 東京大学, 東洋文化研究所, 特別研究員(PD)
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キーワード | 天文学 / ペルシア語文化圏 / モンゴル帝国 / イル・ハン朝 / アッバース朝 / マムルーク朝 / アラビア語文化圏 / 神学 |
研究概要 |
本年度は前年のイラン滞在で収集した史料を解析し、作業仮説を提示、各地の学会でその成果を報告することとなった。前年度のイラン滞在において、同地に所蔵される13-14世紀に記された天文学関係の文献は本科研のテーマである時間計測の精緻化に直接関係のある「計時学」に関するものは圧倒的に少なく、逆に天の構造を幾何学モデルによって説明しようとする「形象学」関係の文献が多いことが分かった。こうした「計時学」関連の文献の不在と「形象学」関連の文献叙述の隆盛をどのように説明すればよいのか。この問いに基づいて、本年度の研究は展開された。イスラム教普及地域の西側にあたるアラビア語文化圏で「計時学」に根本的な変化が起こり、礼拝時間の決定に数理天文学が用いられるようになった13-14世紀において、同様の変化を東側のペルシア語文化圏で看取することは困難であった。こうした天文学の差異化の所以を、13世紀にはじまるモンゴルの侵攻に求めた。1260年のアイン・ジャールートの戦いでの敗北によってモンゴルの侵攻はシリアで食い止められ、以後イル・ハン朝とマムルーク朝とのシリアにおける政治境界がアラビア語・ペルシア語両文化圏を隔てる文化的境界ともなった。知的領域においてスンナ派イスラムの優位に疑う余地が無かったアラビア語文化圏においてはイスラム法学の枠組みの中で天文学も研究され、法学における天文学的議題は礼拝時間やラマダンの終了時、礼拝方向の決定であった。こうした法学との強い結びつきの中で天文学の一分野である「計時学」も大いに発展し、この時代以降に時間計測の精緻化を生むこととなる。翻って、東のペルシア語文化圏ではアッバース朝の滅亡とその後のモンゴルという異教の王の支配によってスンナ派が正統の地位から滑り落ち、百家争鳴の様相を呈する。この地において天文学は、こうした宗教論争の「武器」として神学や哲学と結びつきを強め、宗教・宗派の根本にかかわる世界の成り立ちを説明するものとして天文学のなかでも「形象学」が重視され大いに研究される。このような他の学問との結びつきの違いによる天文学の差異化、そして、その原因をモンゴルの侵攻に求めることはこれまで語られてこなかった新知見であり、こうした成果を学会で問うた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、前年に行ったイランでの資料調査に基づき、それを分類・解析したうえで、その成果を学会で問うことを目標としていた。結果として、海外・国内併せて5つの場所で自らの成果を発表することが出来、そこでの議論を通じて、自らの仮説をさらに深めることが出来た。従って、本年度の成果は来年度に目標としている、成果の論文化のための重要なステップとなるものであり、その意味で計画はおおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方針としては、昨年度のイランにおける資料調査、ならびにその成果に基づいた本年度の学会報告での内容および議論における修正を踏まえて、学会誌に研究成果を発表していくことを目標としている。すでに一昨年にフランス・リヨンで行われた東大フォーラムで報告した内容がオックスフォードの出版社から編著の1章として刊行の予定であり、雑誌の特集号での論文発表も決定している。これに加え、いまのところ2本の論文を学術雑誌に投稿済みであり、目下査読中となっている。最終的にはもう最低でももう1つの論文を学術誌に投稿し、本件研究の成果を広く世に問うていくことになる。
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