研究概要 |
平成23年度に機能的磁気共鳴機能画像法(fMRI)実験を行い,ピクチャの記憶想起課題遂行中の2頭の覚醒下サルにおいて,再認記憶の想起に関わる脳領域を同定した。記憶想起に関わる領域は後部頭頂葉,前頭葉、内側側頭葉に代表される大脳皮質の広範な範囲に及んでいた。それを踏まえて,24年度には,覚醒状態のサルに対して安静時の自発的活動を計測し,同定した領域間の機能的結合を調べ,その強弱により,再認記憶関連領域を複数のグループ(モジュール)に分割した。すると,後部頭頂葉で見つかった二つの代表的な活動領域-下頭頂小葉と頭頂間溝-は,それぞれ違うモジュールに属し,それぞれ,記憶したピクチャリストの最初(初頭効果)と最後(新近効果)の想起に関与することが分かった。過去のヒトを対象としたfMRI研究においては,再認記憶の想起時に後部頭頂葉の関与が一貫して報告されてきたが,サルで後部頭頂葉と記憶想起の関係を示したのは本研究課題が世界で初めてである。後部頭頂葉の中でも初頭効果と相関して活動する領域は,記憶への関与が知られている内側側頭葉の海馬と課題遂行中に結合を強めることも確かめられ,サルの後部頭頂葉は海馬と相互作用することで長期記憶の想起に関与することが示唆された。後部頭頂葉はヒトで特によく発達した進化的に新しい領域であり,サルの後部頭頂葉にヒトと機能的に相同な領域が存在し,それが機能と神経結合の両方で分化していることは,ヒトに特有の認知能力の神経基盤を解明するうえで大きな手かがりとなる。サルはシステム神経科学の分野でモデル動物として研究されてきており,過去の知見と組み合わせることでヒトの記憶の想起のメカニズムに対する理解が深まることが期待される。これらの知見をまとめた原著論文は25年2月に米国Neuron誌に掲載された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画通り,記憶想起課題遂行中のサルの全脳の神経活動をfMRIによって調べ,ヒトと相同の記憶想起関連領域を同定することができた。ヒトと同様に,記憶想起に相関した活動が頭頂葉の広範な領域で確かめられ,記憶想起に加えて記憶の確信度判断を要求する課題を習得させたサルを用いて,より主観的な記憶想起に関わる領域を絞り込んでいくための準備が完了した。
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今後の研究の推進方策 |
ヒトを対象とした研究では,再認記憶想起時に活動する脳領域の一部(本研究課題でサルにも同様の活動が確かめられた脳領域の一部)は,記憶の強さなど記憶に対する主観的な評価と関係することが知られている。このように記憶の状態を評価しモニタリングする認知機能をメタ記憶といい,ヒトが意思決定をするときに重要な役割を果たすことが知られ,近年活発に研究されている。しかし,このメタ記憶に関する動物モデルの知見は,それをテストする課題の困難さゆえに,ほとんど調べられておらず,サルで全脳での活動のダイナミクスを調べた研究は存在しない。25年度は,2頭のサルでメタ記憶課題遂行中のfMRI活動を記録後,ヒトに対して適用が困難な侵襲的な手法をサルに対して使用し,ヒトとサルに共通のメタ記憶を含む記憶想起の神経基盤をより詳細に調べる予定である。
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