研究概要 |
タンパク質の翻訳後修飾であるリン酸化は、タンパク質キナーゼがその基質を認識しリン酸基を付与することで、基質を活性化または不活性化するスイッチの様な役割を果たす。連続的なスイッチの切り替えは、細胞内でシグナルを伝達する一つの手段として用いられており、これらリン酸化反応の網羅的な定量解析情報はシグナル伝達経路を解明する上で重要となる。しかし、リン酸化タンパク質の存在量はわずかであることから、細胞の中に存在する多様且つ大量のタンパク質の中から質量分析計を用いて検出する事は困難であった。 近年、液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析(LC-MS/MS)の技術発展、およびリン酸化ペプチド濃縮法の開発により、基質であるリン酸化タンパク質の大量同定が可能となっている。ところが基質の大量同定が可能となった一方で、LC-MS/MS解析情報のみからはリン酸化を行うキナーゼを同定する事ができないという問題点が存在する。そのため、キナーゼと基質を結んだペア情報は依然として大部分が明らかになっておらず、リン酸化プロテオーム解析からシグナル伝達経路を解明する際の障害となっている。そこで、本研究ではタンパク質キナーゼと基質の関係性を明らかにすることを目的とし、in vitroキナーゼ法とLC-MS/MS解析を組み合わせた手法を試みた。 昨年度は、in vitroキナーゼ反応とLC-MS/MS解析を組み合わせた実験手法を確立した。具体的には、細胞抽出タンパク質とリコンビナントキナーゼをin vitroで反応させる。続いて、それらのタンパク質をペプチドに消化した後に、HAMMOC法にてリン酸化ペプチドを濃縮しLC-MS/MS解析を行う。細胞から抽出したタンパク質にはキナーゼ反応前に脱リン酸化処理を行うことで、細胞中にて付加されたリン酸化基を除去している。 今年度は昨年度に確立した手法を、複数のキナーゼに対して応用した。対象としたキナーゼは、代表的なキナーゼであるPKA,ERK1,AKT1の三種とした。また、細胞からタンパク質を抽出する際に細胞質および核に分画を行い、画分別のタンパク質を基質として用いた。その結果、これまでにPKA、ERK1およびAKT1の基質リン酸化部位としてそれぞれ約3,300,約3,800,および約1,600部位が同定された。これらの結果には各リン酸化部位情報はキナーゼによって特有のリン酸化部位が数多く含まれており、in vitroの実験系といえども各キナーゼの基質認識特異性が反映された結果である事が示唆された。
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