研究課題
表現型可塑性の進化を担う遺伝基盤は、その重要性に反してほとんど解明されていない。本年度、研究代表者はイトヨ集団間で見られる日長応答性の多様性に注目し、その遺伝基盤の探索を行った。イトヨの全遺伝子をのせたカスタムマイクロアレイを用いて、脳のトランスリプトーム解析を行い、季節に応じて回遊行動を行う回遊型と一年を通して淡水域にとどまる残留型で異なる日長応答性を示す遺伝子を探索すると、その遺伝的基盤の候補として甲状腺刺激ホルモンTSHb2遺伝子が得られた。更に、TSHb2以外の甲状腺ホルモン関連遺伝子が、残留型では回遊型に比べ、低いことが示された。餌や酸素量が制限される淡水域に生息する残留型は、回遊型に比べて低い代謝量を持つことが知られる。イトヨでは高い甲状腺ホルモンが代謝や遊泳活性に寄与するため、残留型では甲状腺ホルモンシグナル経路の活性を下げる遺伝的な変化が生じることにより、淡水域への適応進化が起こっていると示唆された。TSHb2は哺乳類や鳥類で日長に応じた性腺刺激ホルモンの合成・分泌に関与することが知られている。そこで、長日条件に移行後3ヶ月の回遊型と残留型で性腺刺激ホルモンの発現動態を解析したところ、回遊型では黄体ホルモン(LH)が長日条件に応じて上昇するのに対して、残留型ではLHの日長応答は見られなかった。このことから、回遊型は長日条件に応じてTSHb2の発現低下が起こり、上Hを含む下流カスケードによって遡河・繁殖が開始するのに対し、残留型はこれらの因子の日長応答性を失っていると示唆された。現在は、TSHb2の機能解析に加え、TSHb2の日長応答性の違いをもたらす具体的な分子メカニズムの解明に向けて精力的に研究に取り組んでいる。これ以外にも、イトヨと近縁であるトミヨ3種における形態・生理学的多様性の解析や海水/淡水環境がもたらすDNAメチル化の変動の解析など、様々な実験に取り組んでおり、表現型可塑性の進化基盤の解明に向けて大きく前進したといえる。
1: 当初の計画以上に進展している
異なる日長応答性を示すイトヨ集団において、その遺伝基盤の一部であると示唆される有力な候補遺伝子が発見されたため。
TSHb2のイントロン1には、回遊/残留型特異的なSNPが蓄積した領域が発見されている。TSHb2遺伝子の回遊/残留型特異的な発現はcis制御領域の違いによることが示唆されていることから、日長に応答して発現した転写因子の結合能の違いが回遊/残留型の日長応答性の違いを生み出している可能性がある。そこで現在、このSNP領域に結合する転写因子を探索するため、ビオチン標識DNAを用いた核タンパク質のプルダウンアッセイを行なっている。また、魚類においてTSHb2遺伝子の機能解析が行われていないことから、TILLING法を用いたTSHb2ノックアウトメダカの作成に取り組んでいる。現在は、ENU突然変異体から得られたゲノムDNAライブラリーのスクリーニングを行なっており、既に複数のアミノ酸置換突然変異を得ている。今後は、ナンセンス突然変異を探索するとともに、Zinc finger nuclease法を用いたTSHb2ノックアウトにも取り組む予定である。
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