本年度はマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析計(MALDI-MS)によるハイスループット代謝物質量分析技術を基盤とした代謝解析技術の応用研究を展開した。またその過程で、MALDIマトリックスと測定対象代謝物の構造との間に存在するイオン化に適した相性を統計モデル化することに取り組んだ。MALDI-MSは上述のハイスループット性に加えて動物組織の代謝物イメージング分析など代謝動態の時空間解析において欠かせないツールとなることが期待されているが、測定可能な代謝物がマトリックス分子種に制限されるという根本的な制約がある。現在に於いてもどの代謝物がどのようなマトリックス分子種によりイオン化され得るかという体系的な理解は得られておらず、本研究はMALDI-MSによる代謝物分析という分野そのものを高次に展開させるために重要な取り組みと言える。本研究では化合物の薬効や物性の予測に用いられてきた定量的構造物性相関解析(QSPR)に倣い、これまでに代謝物分析に広く用いられる9-aminoacridineを対象とした相性モデルを構築した。これまでに構築したモデルでは、イオン化可否予測、検出感度予測において高い性能を達成している。さらに、モデルを構築する上で重要度の高い変数を抽出することで、代謝物のどのような構造がイオン化効率に寄与するのかという一般的な問いに示唆を与えることができた。本手法は他の様々なマトリックス分子種に適用可能であると考えられる。今後は特定の代謝物と相性の良いマトリックスを探索するためのモデルを構築ことで、これまでしらみつぶしでしかなかった最適マトリックス探索にシステマティックな指針を与えることができると期待される。MALDI-MSによる代謝物分析における欠点であった網羅性を克服することで、in vitroだけでなくin vivoにおける代謝動態解析を推進していく基盤が形成されるであろう。
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