本研究の目的は、視覚性連合記憶の学習過程で、サル下部側頭葉の神経細胞群がその反応選択性を獲得する際の分子メカニズムを明らかにすることにある。この目標の達成に向け、本年度は、記憶関連分子をノックダウンしかつノックダウン細胞をChR2ラベルするためのレンチウイルスベクターの開発、およびその有効性をラットにおいて証明するための実験を行った。具体的には、ラットの一次体性感覚野に存在するバレル皮質において、単一機能カラム限定的に上記ベクターを感染させ、ひげの感覚遮断を施した際に誘導される神経細胞の可塑的変化に対する、記憶関連分子の一つであるcofilinlのノックダウンの効果を調べた。感覚遮断実験においては、ウイルス感染による遺伝子発現を2週間待った後、ウイルスを接種した脳半球とは対側の顔面において、一本のウィスカー(D1 ウィスカー)のみを残してその他のウィスカーを全て切るという作業を行なった。遮断を3週間以上継続した後、1週間ウィスカーを再生させ、D2 カラムの2/3層において、ChR2ラベルを指標としたノックダウン細胞からの電気生理記録を行なった。野生型のラットのD2 神経細胞では、感覚遮断によって、唯一残されていたD1 ウィスカーに対する反応が上昇し、遮断されていたD2 ウィスカーに対する反応が減少した。一方、cofilinlがノックダウンされた神経細胞で同様のことを調べると、D1 ウィスカーに対する反応上昇が認められない一方で、D2 ウィスカーに対する反応の減少は保存されることが分かった。cofilinlのノックダウンそのものはウィスカー刺激に対する神経細胞反応性に有意な変化をもたらさないことから、cofilin1のノックダウンは感覚遮断に伴う可塑的変化に対して影響を与えたと考えられる。以上の結果は、感覚遮断に伴うバレル皮質2/3層の神経活動の可塑的変化には、アクチンフィラメントの再構成が必要であることを示唆する。この成果は既に学術雑誌へ投稿しており、現在審査の過程にある。また、この成果の一部は第36回日本神経科学大会(2013年6月20日、京都)で発表された。 また、サルでの実験に向けて、マカクサル1頭に対して視覚性連合記憶課題の学習を行わせた。今後、ラットでその有効性を証明したレンチウイルスベクターを、このサルの下部側頭葉へ投与し、下部側頭葉の神経細胞群の反応選択性獲得に対する上記記憶関連分子のノックダウンの効果の評価を行っていく予定である。
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