感染の疫学はこれまで、もっぱら流行の観測とその数理モデル化によって進められており、実験的解析は一部の例外を除いてあまり行われていない。研究代表者は去年度までの研究で、自殺型感染防御仮説の検証を、ホストを大腸菌、病原体をλファージとする大規模(10^8個体)集団感染実験系と巨大な(10^4xlO^4)二重二次元格子を用いたシミュレーションの双方から行い、病原体は弱毒の方向に進化し、ホストは病原体に強毒を強いる方向に進化するという、病原体とホストの新たなせめぎ合いを見出した。しかし、感染実験では病原体耐性ホストの出現、空間構造ありでの継代培養方法が確立していない等の問題点が発見された。 そこで今年度は、この大規模集団感染実験とシミュレーションを連結したアプローチを、感染の集団生物学の様々な問題へ応用するため、これらの問題点を解決することによる集団感染実験系の改良を行った。具体的には病原体耐性ホストの出現を、"ホストに病原体が感染するためのレセプターをコードしている1amB遺伝子を過剰に発現する"、"病原体のホストへの感染に必要なMgの濃度を調整する"といった手法で、空間構造ありでの継代培養方法は、"ベルベットスタンプによるプレートレプリカ方を用いる"、"通常よりも高い寒天濃度の寒天培地を用いる"といった手法で、それぞれ解決した。 また、自殺型感染防御戦略と、その対抗戦略である免疫獲得戦略の進化について数理解析を行ったところ、自殺型感染防御戦略は哺乳類のような増殖コストの高い生物よりも、微生物のような増殖コストの低い生物で、より定着しやすいことが判明した。 この病原体の毒性の進化に関する新たな説は、病原体とホストの関係を理解する上での新しい視点を提供する。 また、この大規模集団感染実験とシミュレーションを連結したアプローチは、動植物をホストとするウイルスや細菌への応用が期待される。
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