研究概要 |
本研究課題では,「フタボシツチカメムシの振動シグナルを利用した親-胚間コミュニケーション系がどのようなプロセスで進化したのか」を解明することを最終目的として,1.胚の振動受容システムを解明することで雌親の振動が胚の同調孵化を誘導する経緯を検討し,2.振動シグナルを利用した親-胚間コミュニケーションがどのような経緯で獲得されたのかについて検討する,というアプローチで課題を遂行する.本年度は,振動シグナル受容時の胚および卵殻の状態の解明(1)(2),および孵化時の振動行動についての種間比較(2)に着手し,以下の結果が得られた.(1)胚の振動シグナル受容システムを理解するためには,シグナル受容時の胚子発達程度を理解しておくことが不可欠である.実体顕微鏡下で胚子発達過程を追跡観察したところ,フタボシツチカメムシの詳細な胚子発達過程に関する基礎的な情報が得られた.さらに,(2)雌親と胚を隔てる卵殻の構造および性質を理解するため,走査型電子顕微鏡を用いて凍結割断した受精卵の卵殻の断面構造を観察した.その結果,孵化直前の卵では産卵直後の卵に比べて卵殻全体の厚みが薄くなることが明らかとなった.(1)(2)の結果から,胚に伝わる振動が胚発達とともに変化する可能性を示すと共に,親の振動行動により孵化直前の卵殻には物理的な変化を生じやすいことが予想される.また,(3)近縁種ベニツチカメムシにおいても雌親の振動が同調孵化を誘導することを発見し,その一方で,フタボシツチカメムシで見られた振動行動の特徴とは大きく異なることが明らかとなった.近縁種の振動パターンや物理的特徴を更に詳細に解析することで,振動シグナルを利用した親-胚間コミュニケーションがどのような経緯で獲得されたのか明らかにすることができると予想される.以上の成果は,来年度以降の研究を大きく進展させる重要な知見である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は,フタボシツチカメムシ胚の発生段階に伴う卵殻構造の変化が示されるところとなり,雌親からの振動シグナルを胚がどのように受容し処理しているのかを明らかにするための一助を得た.加えて,孵化時の振動行動について近縁種との種間比較が達成されたことで,国内に生息する亜社会性ツチカメムシ類における振動行動とシグナルの進化様相を推察するための足掛かりを得た.これらの成果は,本研究課題の最終目的達成に向けて来年度以降の研究を大きく進展させる極めて重要な知見であると考える.
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今後の研究の推進方策 |
これまでの予備観察から,孵化時のコミュニケーションとは無関係な振動運動が親側にまず存在し,胚が同調孵化するために雌親の運動をシグナルとして積極的に便乗利用したとする進化プロセスを予想している.そこで今後は,孵化コミュニケーション時に用いられる雌親の振動シグナルの前適応となる行動について検討することを目的として,本種のシグナル以外の振動行動の特徴と機能の解明,および各振動行動について近縁種との種間比較を中心に研究課題を遂行する.予備実験では既に,卵保護雌に卵捕食者を提示した場合,孵化時の振動と類似した振動行動を示すことが明らかになっている.この振動行動が防衛行動としての機能を有しており,同時に孵化コミュニケーション時の振動シグナルの前適応となる行動形質である可能性について検証していく.
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