研究概要 |
本研究課題の最終目的は,「フタボシツチカメムシの振動シグナルを利用した親-胚間コミュニケーション系がどのようなプロセスで進化したのか」を解明することにある.本年度は,胚における振動シグナルを受容するための機械受容感覚器を特定するために,(1)走査型/透過型電子顕微鏡を用いた胚の表面および内部構造の観察を進めた.また,近縁種との種間比較を目的として,(2)亜社会性ツチカメムシ類4種における鰐化振動の様相の把握を行った.さらに,平成23年度の課題遂行により,本種の親・胚間コミュニケーション系の進化には,産卵してから孵化するまでの胚発生の斉一性が大きく関与する可能性が新たに浮上した.そこで,(3)孵化の斉一性とその要因の解明にも着手した.(1)胚の受容システムを明らかにするために,走査型電子顕微鏡を用いて孵化直前の卵および胚の表面微細構造を観察した.その結果,胚の表面にはマイクロレベルの突起が存在することが明らかとなった.今後,電気生理的手法を用いて,この突起が振動受容に関与するか明らかにする必要がある.また,(2)フタボシツチカメムシの近縁種であるベニツチカメムシ,ミツボシツチカメムシ,シロヘリツチカメムシ,マダラツチカメムシの振動パターンや物理的特徴を更に詳細に解析したところ,本種でみられた様相とは大きく異なることが明らかとなった.亜社会性の進化過程と孵化振動の様相には,密接な関係があることが示唆された.(3)フタボシツチカメムシに見られる著しい同調孵化現象が,親一胚間コミュニケーションにおいてどの程度の修飾を受けているのかを推定するため,孵化の同調性とその要因の解析に取り組んだ.卵保護中の親の行動に特に注目して行動解析を行ったところ,卵塊を頻繁に回転させる様子がみられた.卵を球状にまとめ保護する本種は,卵塊中の上側の卵と下側の卵という,僅か数ミリメートルの高低差におよそ1℃の温度差が発生する.この温度勾配の存在が,卵塊を構成する卵の胚発生を非斉一化することが明らかとなった.さらに,雌親による卵塊回転行動が胚発生の非斉一化を解消することが示されたことから,フタボシツチカメムシの雌親は,卵保護期間に卵塊を回転させることにより,卵の温度調節を行っていることが明らかとなった.本種では,振動シグナルによる孵化の促進以外にも,複数の戦略を複合的に用いて精緻な斉一孵化を可能にしている可能性が高い.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は,当初の計画に追加した内容となる「孵化の同調性とその要因の解明」に取り組み,フタボシツチカメムシに見られる著しい斉一孵化現象が,卵塊回転による卵の温度調節という特異な方法で可能にされていることを示した.また,振動シグナルの受容機構解明の足掛かりとなる受容器官と思われる構造の探索,および近縁種における孵化時の振動行動についての詳細な解析も達成した.これらの成果は,本研究課題の最終目的達成に向けて,当初の計画以上に進展させた極めて重要な知見であると考える.
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度は,「胚からのシグナルの特定と雌親の受容システムの解明」に着手し,雌親の振動シグナルを誘起する胚からのシグナルについて,感覚生理学的手法を用いて特定することを目標とする.また,平成24年度の観察より,フタボシツチカメムシに見られる著しい斉-孵化現象は,孵化時の振動シグナル以外にも,卵保護期間の卵塊の温度調節などの複数の機構を用いて緻密に調節されていることが示されたことから,この進化的背景を明らかにするために「斉-孵化の適応的意義の解明」に取り組む.さらに,「親-胚間コミュニケーションの種間比較」を進め,亜社会性ツチカメムシ類5種の振動シグナルの物理的特徴を明らかにする.平成24年度までに得られた知見と併せて,振動シグナルを利用した親-胚間コミュニケーションがどのような経緯で獲得されたのか類推する.
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