研究概要 |
本研究の目的は,音の質感が持つ情動的な価値を,神経活動から考察することである.本年度の目標は,音刺激によって誘発された情動情報を表現している神経活動の特徴量を特定することであった.具体的には,まず,申請者の研究グループで確立されている動物行動実験系を用いて,ラットに特定の周波数の音を曝露,または,音と恐怖,または喜びの情動を連合学習させた.次に,高密度微小電極アレイを用いて,曝露または学習済みラットの聴皮質から,神経活動を多点同時計測して,ミスマッチネガティビティ(Mismatch Negativity;MMN)と,局所電場電位(local field potential;LFP)の位相同期(phase locking value;PLV)を調べた.その結果,まず,ラット聴皮質の剛Nの振幅について,恐怖学習群と報酬学習群の間には差がみられなかった.このことから,MMNは音の情動の違い,すなわち情動価は表現していないと考えられる.一方,学習群のMMNの振幅は,曝露群に比べて,有意に大きかったことから,MMNは,音と結びついた情動の顕著度のみを表現している可能性がある. 次に,局所電場電位の位相同期を調べた.無音下,もしくは条件付けに用いた純音提示中にLFPを計測した後,バンドパスフィルタとヒルベルト変換を施し,全ての計測点間について,位相同期度(PLV)を計算した.さらに,音提示中のPLvから,無音下のPLvを引いた値(ΔPLv)を,各群で比較した.その結果,α帯域(8-14Hz)と,High-γ帯域(60-80Hz)では,恐怖学習群のΔPLVが,報酬学習群よりも有意に大きかった.この結果から,音と連合した恐怖の情動価は,聴皮質の定常状態の頑強性に表現されていると考えられる. さらに,全ての計測点間のPLVを入力として,刺激状態(無音下,16kHzの純音提示,40kHzの純音提示)のデコーディングを試みた.識別器として,Sparse Logistic Regression(SLR)を用いた.その結果,θ帯域(4-8Hz)において,デコーディングの正答率が,未学習群よりも報酬学習群で高くなったことから,音と連合した喜びの情動価も,聴皮質の位相同期に表現されている可能性がある.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請時に提出した本年度の研究実施計画の一段階目を,当初の予定通り遂行した.具体的には,学習ラットから多点同時計測した神経活動を解析し,音と連合した恐怖の情動を表現している神経活動の特徴量を解明した.さらに,音と連合した喜びの情動を表現している神経活動の特徴量についても,解明を示唆する研究成果が得られている.申請者は,これらの研究成果を,国内6件(うち発表者5件),国外2件の学会にて発表し,さらに,既に学会誌にも論文を投稿中である.また,現在は予定通り,研究実施計画の二段階目の実験に着手しており,今後も,実験実施計画に沿って,順調に研究成果を上げることが期待される.
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今後の研究の推進方策 |
本年度遂行した研究から,ラット聴皮質において,恐怖や喜びといった,音の情動的な価値を表現している可能性がある神経活動の特徴量が明らかになった.今後は,第二段階として,音の質感を表現している神経活動の特徴量を特定する.具体的には,連合学習を施していないラットに対して,2つ,もしくは3つの純音から構成される和音を連続して提示している際の,定常な神経活動を計測し,本年度と同様に,情報学的手法を用いて,音の周波数構造を表現している特徴量を特定する.また,これらの音に対するラットの行動を調べることで,特定の質感の音が,特定の情動を誘発しているかどうかを,ラットの行動レベルで調べる.
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