研究概要 |
本研究の目的は,音の質感が持つ情動的な価値を,神経活動から考察することである.本年度の目標は,音の質感を表現している神経活動の特徴量を特定することであった.音の質感として,2つの純音を組み合わせた2音和音の協和度を対象とした.実験で用いる和音の低構成音は12kHzに固定し,13.5-24kHzの純音を高構成音とした.先行研究を参考にして,用意した2音和音の協和度を計算し,それらを適当な閾値で2つに分けることで,4つの協和音と,3つの不協和音に分けた.高密度微小電極アレイを用いて,ラットの聴皮質から,これらの和音や,和音を構成する純音を30秒間連続して提示しているときの局所電場電位(local field potential ; LFP)を計測して,LFPの位相同期(phase locking value ; PLV)を調べた.本研究で用いた協和音,不協和音の区別は,楽典に記載されているものと同一であった. 本研究では,5つの帯域(θ;4-8Hz,α;8-14Hz,β;14-30Hz,low-γ;30-40Hz,high-γ;60-80Hz)におけるPLVを求めた.まず,それぞれの和音もしくは純音を提示している時のPLVの値から,提示前の無音時間中のPLVを減算して,ΔPLVを求めた.さらに,和音のΔPLVから,和音の高構成音のΔPLVを減算した値として,DPLVを求め,これを協和音と不協和音で比較した. その結果,協和音のDPLVは,全ての帯域において,ゼロよりも大きかった.一方で,不協和音のDPLVは,θ帯域ではゼロより大きかったが,low-γ帯域ではゼロより小さかった.さらに,α以上の帯域に置いて,協和音のDPLVは,不協和音よりも有意に大きかった.これらの結果は,協和音は純音に比べて有意に聴皮質内の位相同期を上昇させるが,不協和音ではそのような変化が起きていないことを意味する.よって,和音の協和度といった音の質感は,聴皮質の神経活動の位相同期度に表現されていると考えられる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請時に提出した本年度の研究実施計画を,当初の予定通り遂行して,音の質感を表現する神経活動の特徴量を解明した.具体的には,2つの純音から構成される和音に対する,ラット聴皮質の定常的な神経活動を,高密度微小電極アレイを用いて計測し,和音の協和度を表現している特徴量を特定した.申請者は,これらの研究成果を,国内3件,国外2件の学会にて発表した.また,現在は,和音の構成音を2音から3音に拡張して,協和度だけでなく,緊張度やモダリティといった,3音和音の緊張感や調性を表す質感を表現する神経活動の解明を進めており,今後も,実験実施計画に従って,順調に研究成果を上げることが期待される.
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今後の研究の推進方策 |
本年度遂行した研究から,ラット聴皮質において,2音和音の協和度を表現している可能性がある神経活動の特徴量が明らかになった.今後は,和音の構成音を2音から3音に拡張して,和音の協和度だけでなく,緊張度やモダリティといった,3音和音の緊張感や調整を表す質感を表現する神経活動を解明する.さらに,解明された特徴量を,音と連合した情動情報を表現する神経活動の特徴量と比較することで,特定の調性の和音が,特定の情動を誘発していることを,聴皮質の神経活動レベルから説明することを試みる.
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