本年度の研究は二つに大分される。一つは前年度に資料の渉猟を行ったマリの画家カリファラ・シディベ(Kalifala Sidibѐ)に関する研究であり、もう一つは前年度までに蓄積した「アール・ネーグル(ニグロ芸術)」研究の総括である。 前者は、前年度に主にパリの国立図書館、ケ・ブランリー美術館メディアテーク、及びダカールの黒人アフリカ基礎研究所図書館で調査・渉猟した両大戦間の新聞・雑誌等を中心に、シディベの活動及びそれに対する当時の評価をプリミティブな視線及び同時代的関心事(黒人文化運動、植民地行政、民族誌)との関係性の中で考察を行い、学会発表及び論文投稿(印刷中)を行った。この研究では、世界的に見ても先行研究が皆無でありながら、両大戦間の西欧におけるアフリカ芸術受容を考えるうえで特異かつ重要なカリファラ・シディベという人物を再考するきっかけとなるものと評価されよう。発表及び論文では、シディベの絵画が、「ニグロ彫刻」の延長線上にあるようなプリミティヴィズムが反映された「真正」のアフリカ芸術として受容された側面と、西洋との接触を通じて生成した新たな「ニグロ芸術」として受容された側面という、重なりつつも異なる多様な評価が与えられていたことを明らかにした。 本年度の研究のもう一点である「アール・ネーグル」研究の総括は、多分野にまたがる提議として、黒人(文化)表象とそれにまつわる美的質に焦点をあてた文化史研究を行った。そこでは研究代表者のこれまでの研究を「リズム」という主題に沿って新たな視点のもとに考察した。黒人表象と「リズム」とのクリシェともいえる結びつきを、アフリカとカリブの音楽・ダンスの側面、及びアフリカ彫刻の側面から言説史を再考し、両大戦間期の黒人知識人ら(L. T. アシル、L. S. サンゴール)によって、どのように主体形成へと接合されたのかを論じ、美的質としての「リズム」概念が必ずしもイデオロギー的に中立的なものではなく、文化政治的言説と美術批評との座標のなかで不安定に揺れ動く概念であることを指摘した。
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