申請者は、現在準備中の「モンテーニュの『エセー』における、歴史をめぐる諸考察」と題する博士論文において、『エセー』を同時代の様々な歴史・歴史記述論との関係から読み直すとことを目指して研究を進めている。本年度は特に、歴史における「真実の探求」をめぐる認識論的な問題を取り扱った。具体的には、16世紀フランスの法曹歴史家たちによる方法論的な「真実の探求」が、モンテーニュによってどのように理解され、利用され、また反駁されているかについて、ジャン・ボダンやエチェン・パーキエ、アンリ・エチエンヌといった同時代の重要な歴史家・歴史理論家との対照から検討し、モンテーニュの『エセー』の中における、実証的な方法論の有用性とその限界、証言の信頼性と証言者の「権威」の関係、「真実」と「真実らしさ」(あるいは「信じられること」)の齟齬といった複層的な問題を析出することができた。このために、前年度から引き続いて、本年度10月までパリに滞在し、16世紀文学研究の専門家とコンタクトを取る一方、図書館等で多くの貴重な資料を閲覧、複写することができた。また、モンテーニュ研究において最も権威のある雑誌の一つである、Montaigne Studies誌に記事を発表することができたのも、大きな成果であった。この論文は、背教者ユリアヌスを擁護したとしてスキャンダルを引き起こした、「良心の自由について」という『エセー』の重要な章を、法曹歴史家たちの政治思想の淵源にあったガリカニスムの伝統及びマキャヴェリ的な政治理論という視点から読み直したものである。また、プレイヤード派の周辺に位置し、ロンサールとも交流があったキケロ主義者の歴史家、ピエール・パスカルについて、雄弁家としての歴史家と時代の証人としての歴史家という二つの概念の相克を示す好例として分析した論文を、紀要『仏語仏文学研究』に投稿した(現在査読中)。
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