研究概要 |
近年,急速な進展を見せているスピントロニクス分野において,スピン流の精密な生成・制御・検出技術の確立は重要な課題であり,その基礎研究が盛んに進められている.我々はこれまでに,逆スピンホール効果によるスピン流の電気的検出手法や正スピンホール効果を用いた緩和変調法による注入スピン流定量手法を構築してきた. スピンホール効果を用いた緩和変調法ではスピン流が電流に与える影響は考慮されていない.スピンホール効果が大きな物質に電流を流すと試料端にスピン蓄積が生じるため,ナノ複合膜構造においては,単層膜では存在しなかったスピン流-電流の相互作用が生じることが考えられる.電流に対するこのようなスピン流の影響は電気伝導率に反映されるはずであり,この効果はナノ複合膜における磁気抵抗効果を測定することにより観測可能であると考えた. 特別研究員初年度にあたる平成23年度は,このPr/磁性体複合膜の界面において発現すると思われる磁気抵抗効果を集中的に調べた.その結果,スピン流に起因する界面磁気抵抗効果の観測に成功した.この磁気抵抗効果はその対称性から異方性磁気抵抗効果とは起源が異なるものである.この結果については,現在論文執筆中である. さらに我々はスピンポンピングに由来する逆スピンホール効果の試料形状依存性を調べることにより,Pt/磁性体複合膜におけるスピン流-電流変換を系統的に調べた.本研究では複合膜における等価回路モデルを構築し,Pt中におけるスピン拡散機構界面でのスピン緩和機構という異なるメカニズムにより,Pt層と強磁性層の膜厚依存性には異なる依存性が発現することを明らかにした.また,我々は磁気抵抗効果の電界制御を目指し,電気二重層を用いた金属薄膜における電界効果の基礎実験を行った.その結果,金属薄膜において電気二重層による可逆な電界抵抗効果の観測に成功している.以上の研究より,非磁性/強磁性体界面におけるスピン流交換に関する多くの基礎的な知見が得られた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請書において計画していたPt/磁性体複合膜におけるスピン流誘起界面磁気抵抗効果について信頼できる結果が得られており,現在,論文執筆を進めている.さらに,本研究ではPt/磁性体複合膜におけるスピンポンプ誘起逆スピンホール効果の等価回路モデルを構築し,Pt層および強磁性層の膜厚依存性はそれぞれPtにおけるスピン拡散機構,界面でのスピン緩和機構という異なるメカニズムが支配的であることを明らかにし,Physical Review B誌に報告したほか,電気二重層を用いた金属薄膜における可逆な電界抵抗効果をApplied Physics Express誌に報告するなど,着実に成果を挙げており,研究は順調に進展している.
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今後の研究の推進方策 |
本研究における実験の結果,Pt/磁性体複合膜において十分大きな界面磁気抵抗効果のシグナルが観測された.申請書における当初の計画では,Ptをベースとした非磁性金属合金における逆スピンホール効果を系統的に測定することにより,界面磁気抵抗効果の観測に最適な物質群を探求する予定であったが,測定系の改善により,そのような物質群を探索せずとも研究を進められることが明らかになった.この界面磁気抵抗効果について十分信頼できるだけのデータが集まっており,現在,論文執筆中である.
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