研究概要 |
本研究の目的は暗黒物質の素粒子的性質が宇宙の進化に与える影響を調べ,宇宙物理学的観測結果と比較することで暗黒物質の素粒子的性質を解明する事である.今年度は宇宙初期揺らぎの線形進化を追うCAMBやCMBFAST等のBoltzmann solver及び,物質優勢期において宇宙初期揺らぎを初期条件とした非線形構造形成を追うGadget等のN-body simulationを「冷たい暗黒物質」の代わりとして提案されている「温かい暗黒物質」に拡張した.「温かい暗黒物質」には様々な生成メカニズムが考案されているが,生成メカニズムの名残は暗黒物質の速度分布関数にのみ残っていると考えてよい場合がほとんどである.そこで,暗黒物質の速度分布関数を入力として宇宙初期揺らぎの線形進化及び非線形構造形成を追い,幅広くその影響を調べることができるようにした.この結果,速度分布関数の詳細によらず,速度分布関数の0次のmomentと2次のmomentが同じであれば,構造形成の観点からは同じ振る舞いをすることを示した.また,「冷たい暗黒物質」による構造形成は宇宙背景放射や銀河団の観測等の宇宙の大規模構造をよく説明するが,銀河スケールの構造形成において問題があることが報告されている.その解決策として,「温かい暗黒物質」が期待されているのである.そこで,上述のBoltzmann solverを用いて計算した物質揺らぎのパワースペクトルを初期条件としてGadgetを用いた大規模な宇宙論的シミュレーションを実行した.その結果,「温かい暗黒物質」による構造形成シミュレーションのハロー中のサブハローの数は,「冷たい暗黒物質」による構造形成シミュレーションのハロー中のサブハローの数よりも10倍程度少なく,天の川銀河中の衛生銀河の数と同程度であることを示した.さらに暗黒物質が荷電重粒子(Charged Massive Particle,ChaMP)からなる場合もとりあげ,Champとbaryon-photon plasmaとの相互作用の結果,ChaMPの寿命が1年程度であれば構造形成の観点からは「温かい暗黒物質」のように振る舞うことを示した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
public code CAMBを書き換え,暗黒物質の速度分布関数を入力として,任意の赤方偏移における物質揺らぎのパワースペクトルを出力するところまでは計画通り進行した.しかし,その出力と宇宙大規模構造のデータを比較して制限をかけるために,N-bodyシミュレーションの出力を用いて視線方向のLyman-alpha雲による吸収線のパワースペクトルを計算するコードを自作中であるが,シミュレーションの解像度の変化に対して結果が安定しない等の問題を未だ解決できていない.
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今後の研究の推進方策 |
「11.現在までの達成度」に述べたLyman-alpha雲による吸収線のパワースペクトルを計算するコードについては,シミュレーションの出力にスムージングをかける等の対応によって解決を図る.また,現在のシミュレーションは暗黒物質のみを用いているが,小スケールの構造形成ではバリオンダイナミクスが重要であり,実際の観測されている衛生銀河は勿論バリオンが出す光を見ているわけである.このバリオンダイナミクスの重要性は学会参加者から受ける指摘としてもっとも頻度が高く,今後実際にバリオンダイナミクスの入ったシミュレーションを実行することを計画している.
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