本年度(25年度)においては、ディドロの「理想的モデル」説の中で重要な役割を果たす「天才」の慨念について、とりわけ60年代の批評文が彼の美学理論にもたらした影響という観点から改めて検討した。ディドロの「天才」概念については、50年代までの著作から読み取られるような「熱情」や「詩情」を重んじる見解と、60年代後半以降の「冷静さ」を重視する立場との間で少なからぬ変化があったことは多くの研究者によって認められるところであるが、本年度の研究は、60年代中盤の批評文における「公衆」の位置づけという点に着目して、それが「冷静な天才」という後年の思想を準備していたことを示した。この成果は今年度の東京大学美学芸術学研究室紀要『美学芸術学研究』に投稿する予定であったが、後述する翻訳と研究を優先したため、翌年度の紀要への投稿を準備する段階にある。 また、本年度において、西村清和氏の監修の元で計画されている訳書『分析美学基礎論文集』に、フランク・シブリーの59年の論文「美的概念」の訳者として参加することができた。この論文は、私たちが絵画などの芸術作品を形容する際に用いる「美的用語」について美学史上きわめて重要な考察を展開しているものである。そのため、ディドロの美術批評についてこれまでおこなってきた研究は、ここで論じられる「美的用語」の訳語を選定する上で大きな助けとなった。その意味で、これまでの研究の成果を間接的なかたちで美学や芸術学に関心をもつすべての人々に還元することができたといってよいはずである。
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