アポトーシス(自発的な細胞死)は、多細胞生物において進化的に保存された機構であり、形態形成・生体制御・生体防御を担うことで、多細胞生物の生命を統御している。アポトーシスは癌や免疫不全などの疾患に密接に関与するため、その制御機構の解明は生命科学における最重要課題の1つとなっている。本研究では、核多角体病ウイルス(nucleopolyhedrovirus;NPV)感染昆虫細胞におけるアポトーシスの誘導と抑制の分子機構を解明することにより、生物一般のアポトーシス制御機構の包括的理解を目指した。 これまでに、チョウ目昆虫マイマイガ(Lymantria dispar)由来Ld652Y細胞が様々なNPV感染に対して直ちにアポトーシスを誘導し、ウイルスの増殖を防ぐことを明らかにした。一方、マイマイガから単離されたマイマイガMNPV(LdMNPV)は、アポトーシスを抑制することでLd652Y細胞において増殖感染する。我々は昨年度において、Ld652Y細胞におけるLdMNPVのアポトーシス抑制因子Apsup(apoptosis suppressor)を同定した。Apsupはバキュロウイルスにおける既知のアポトーシス抑制因子と相同性のない新規アポトーシス抑制因子であった。そこで今年度は、マイマイガのアポトーシスシグナル制御因子とApsupとの相互作用解析を進め、Ld652Y細胞におけるApsupのアポトーシス抑制機構の解明に取り組んだ。アポトーシスシグナル経路は、カスパーゼ(システインプロテアーゼ)によって制御されている。我々は、マイマイガのアポトーシスシグナル経路の上流と下流に位置するカスパーゼ(Ld-DroncおよびLd-caspase-1)の単離に成功した。アポトーシス誘導刺激を受けたLd652Y細胞では、アポトーシスシグナル経路の上流に位置するLd-Droncが活性化し、これによって下流のエフェクターカスパーゼLd-caspase-1が活性化し、最終的にアポトーシスが実行されると考えられる。初めに、Ld652Y細胞においてApsup/Ld-DroncおよびApsup/Ld-caspase-1の共発現解析を行った。その結果、ApsupはLd-DroncおよびLd-caspase-1の過剰発現によるLd652Y細胞のアポトーシス誘導を抑制することが明らかになった。続いて、共免疫沈降法を用いて、Apsupとマイマイガ由来カスパーゼとの分子間相互作用を調べた。その結果、ApsupはLd-Droncと相互作用し、Ld-caspase-1とは相互作用しないことが示された。以上の結果から、ApsupはLd-Droncと直接結合してLd-Droncの活性化を抑制し、これによってLd-caspase-1の活性化を間接的に抑制することが示唆された。新規アポトーシス抑制因子Apsupの発見およびその作用機構解明は、アポトーシス研究分野に新たな知見を提供するものである。
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