本研究の最終目標は、半導体量子ドット中の電子スピンを量子ビットとして用いた量子計算を実現することである。これまでの研究で、微小磁石による局所磁場特性を改善した二重量子ドット試料において、単一電子スピン共鳴(ESR)の観測に成功し、そのスペクトルから量子ビットの高性能化に必要となる操作の高速化を示唆する結果が得られていた。しかしながら高周波測定系の技術的問題から、より直接的な時間領域での実験が難しい状況にあった。本年度は測定系の問題を解決することで、時間領域での高速スピン操作の実証実験を行った。 まず、従来の報告値よりも1桁高速な120MHz以上のESR動作を実現した。この結果は、半導体量子ドット中の電子スピンをその集団位相緩和時間よりも1桁程度短い時間で操作できることを意味しており、半導体量子ドット中の電子スピン量子ビットの性能が高いことを実験的に示すものである。この量子ビット系のコヒーレンスを制限しているのは半導体母材中の核スピン集団との結合であることが知られており、従来報告されていたESRのラビ振動では、この核スピンの影響が位相シフト等として表れていた。今回観測した高速ESRのラビ振動ではこの影響が見られなかったことから、操作の高速化により演算の忠実度が向上していることが確かめられた。実際、ラビ振動の解析から、95%程度の高い忠実度が実現されていることが分かった。 また、微小磁石による局所磁場を利用することで、単一電子スピンの位相を電極電圧で制御できることを示した。この操作は、量子計算に有用な位相ゲートとして動作する。時間分解実験から、この位相の変調速度は50MHzとわかった。従来のESRを用いた位相ゲートでは3操作を組み合わせる必要があるのに対し、この位相ゲートは1操作で済むことから、π/8回転など回転角度が小さい位相ゲートをより高速に実装することが可能となった。
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