研究概要 |
カドフシアリは日本に広く分布し,その多くは2つのカースト:有翅女王と無翅のワーカーからなる社会形態をとる.しかしながら北海道など一部の寒冷な地域では2タイプのコロニーが存在し,一方では有翅女王が,もう一方では有翅女王とワーカーの中間的な形態を示す無翅の中間型繁殖カースト(中間型)が繁殖を担う.この中間型の進化と寒冷な環境への適応には,環境ストレスに対する緩衝機構が大きく影響したとの仮説が立てられる.一般に,ストレス緩衝には熱ショックタンパク質(HSP)が重要な役割を果たす.そこで本研究では中間型の進化と寒冷環境への適応における熱ショックタンパク質の役割について調べた. まずは,環境ストレス緩衝において主要な働きをするHsp90とHsp70 family相同遺伝子,そしてHSPの発現調節を行う熱ショック因子Hsfの相同遺伝子をクローニングし,Hsp90,Hsc70-1,Hsp70-2,Hsf-1,Hsf-2遺伝子の部分配列を得た.続いて,5日間の低温処理(3℃)をした後に20℃に戻して5日間回復させ,その過程におけるHsp遺伝子及びHsf遺伝子の発現パターンを調べた.その発現パターンを有翅女王のコロニー及び中間型のコロニーの間で比較した結果,有翅女王のコロニーでは中間型コロニーに比べてHsp90,Hsc70-1,Hsc70-2,Hsf1の発現が有意に高いことが示された.このことから,中間型コロニーは異なる環境ストレス緩衝機構を有することが明らかとなり,その機構の獲得が中間型の進化に重要な役割を果たした可能性が示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では熱ショックタンパク質(Hsps)による環境ストレス緩衝機構の働きを介して,アリの新奇カーストが進化してきたという仮説を検証するものである.そのためにはまず,新奇カーストと祖先カースト間でこの環境ストレス緩衝機構の働きが異なることを示すことが必須である.従って,その重要な証拠を得た平成23年度の達成度は順調であるとした。
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今後の研究の推進方策 |
今後はHspsの働きがカースト分化に及ぼす影響について検証する.そのためにまず,新規カーストであるカドフシアリの中間型分化の季節的なスケジュールを明らかにする.そしてカースト分化に重要な時期において,hsp遺伝子の発現解析及び機能解析を行う. また,中間型の進化過程の解明を目的とし,複数地点から採集されるカドフシアリコロニー間で遺伝的差異を調べる.そのために,中間型を有する寒冷な地域と中間型のいない温暖な地域のそれぞれから,女王コロニーと中間型コロニーを採集し,RAD-seq法を用いた系統解析を行う.
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