研究概要 |
カドフシアリは日本に広く分布し,その多くは2つのカースト:有翅女王と無翅のワーカーからなる社会形態をとる.しかしながら北海道など一部の寒冷な地域ではそれに加えて,有翅女王とワーカーの中間的な形態を示す無翅のカースト(中間型)が女王に置き換わって繁殖を担うコロニーが存在する.この中間型は,低温ストレス環境下で生じた有翅女王の変異表現型が遺伝的に固定されることで生じたと示唆されてきた.ショウジョウバエを用いた先行研究においては,ストレス応答を担う熱ショックタンパク質(HSP)のストレス応答が制限されることで,変異表現型の創出・固定が引き起こされることが知られる.従って,本研究では熱ショックタンパク質を介した低温ストレス応答を調べ,有翅女王のコロニーと中間型のコロニーとで比較した. 北海道の越冬条件を再現するため,コロニーを90日間の低温処理下(3℃)においた後,20℃に戻して14日間回復させた.続いて,前年度に単離したHsp90,Hsc70-1,Hsc70-2,Hsf-1,Hsf-2遺伝子について,低温処理期間における発現パターンを調べた.その結果,有翅女王のコロニーでは他の生物で見られるような一般的な低温応答が確認されたのに対し,中間型のコロニーではその応答が鈍いことが明らかになった.本結果は中間型のコロニーが寒冷環境に馴化していることを示唆するとともに,ストレス環境下での変異表現型の創出とそれに続く中間型進化がHspの応答性低下を介して起こった可能性が示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では熱ショックタンパク質(Hsp)による環境ストレス緩衝機構の働きを介して,アリの新奇カーストが進化してきたという仮説を検証するものである.本年度は,新奇カーストにおいて低温ストレスに対するHspの応答性が低下していることを示し,カースト進化がストレス環境下での変異表現型の創出とその固定によって生じるという仮説を支持する証拠を得ることができた.従って,平成24年度の達成度は順調であるとした。
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