研究概要 |
本研究の目的である分子計算系の自動設計にあたり,効率よくシミュレーションを行えるモデルの開発に努めた.従来のモデルではグラフ構造によりDNA分子やRNA分子を表現していたが,分子間結合の組み合わせによる分子種の爆発が問題であった.このモデルでは入力となる分子種の数に制限があるため,多くの分子種を必要とするシステムのシミュレーションが不可能である. そこで我々は,グラフを部分構造に分割し抽象化することで爆発を防ぐ手法を提案し,具体例としてDNAの水素結合によるハイブリダイゼーション反応や,細胞内の遺伝子の抑制メカニズムであるRNAi反応のシミュレーションを行った.その結果,グラフの大きさに対して指数関数的に増大していた分子種の数を多項式で抑えることが可能となり,計算時間を大幅に短縮することに成功した.特にRNAiのシミュレーションにおいては,多くの分子種を必要とするため従来不可能であった,siRNAの濃度分布を再現することに成功した.これらの成果は研究実施計画にある「シミュレーショの理論的考察」や「RNAシステムのモデル化」にあたり,国際会議等で発表を行った. また具体的な自動設計の例として,自動設計されたDNAオートマトンの化学実験による検証を行った.このDNAオートマトンは計算機により準最適解を探索することで設計され,二つの入力を与える順序に応じて出力が決まる分子機械である.二つの入力としてATPと呼ばれる小分子と,紫外光を利用し,実際の化学実験によりその挙動を確認した.DNA以外の分子や刺激に応答するDNAシステムを設計できたことにより,自動設計手法はより一般的な分子反応系を設計できる可能性があると考えられる。この成果は研究実施計画にある「DNAモーターの設計および実験」にあたり,同様に国際会議で発表を行った. 今後はより一般的なモーターの設計手法の考察や、組み合わせ最適手法の検討が課題となる.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
分子計算系のシミュレーションにおいて従来から問題となっていた分子種の構造爆発を,モデルの抽象化により解決できた.特にRNAiのシミュレーションを行ったため,従来対象としていなかった酵素反応などをモデルに組み込むことが可能となり,提案手法の汎用性の高さを主張できる.また実際に自動設計されたDNAオートマトンは化学実験によりその動作が検証された.このDNAオートマトンは,既存の反応系と分子の個数や反応ステップの数が同程度のため,提案手法の正当性も主張できる.対象となる分子反応のシミュレーションを効率化できたことにより,さらに複雑な系の設計が期待できる.
|
今後の研究の推進方策 |
シミュレーションの効率化を重点的に行っていたため,実際の自動設計に応用が進まなかった.今後は分子モーターやRNAの反応系,人工遺伝子回路の設計に応用することで,組み合わせ最適化手法の改良を行う.特に分子モーターの設計では,既存の分子モーターに適用可能な,分子の濃度以外に着目した評価関数の設計を行う。また人工遺伝子回路を設計する際は,抽象化を行ったモデルに新たに反応規則や分子種を追加する必要がある.さらに自動設計できた反応系すべてを,実際の化学実験により検証することは時間や予算の制約上不可能なため,既存の反応系と比較してその優位性を主張できるような実験系を取捨選択する.
|