研究概要 |
本課題では,固体表面と水素原子の相互作用過程におけるスピンの効果を明らかにするために,スピン偏極水素原子線源と測定系を開発し,実際に試料の測定を行うことを目的としている. そのためには,強度の高い水素原子線源を開発することが不可欠である.H23年度までに,水素原子線源を開発し,強度を向上させることに成功したが,本課題を達成するためにはさらに10~100倍程度強い線源が必要だということが分かった.そこで本年度は,水素線源に用いていた真空容器を新たに設計しなおし,再設置を行った.これにより,水素線源全体の長さが1/3となり,試料の見込み立体角が10倍近く向上した.また排気効率も高くなり,バックグラウンドもより減少した.また,水素線の放出ノズルには,石英ガラスチューブとPTFE(テフロン)チューブを組み合わせたものを使用していたが,単一の石英ガラスチューブを再設計し,単一の石英ガラスチューブからなる放出ノズルを設計・製作した.これにより,水素の解離の効率が上がり,水素線のアラインメントも容易になった. 表面試料として想定しているSrTiO_3表面に吸着した水素の吸着状態の評価を今年度も引き続き行った.水素の導入器に水素純化器を設置して,追試を行ったところ,欠陥のないSrTiO_3(001)表面には水素原子のみ吸着して表面の電子密度を0.8x10^<14>cm-2増加させることを確かめた.さらに共鳴核反応法により水素の吸着量が3.1x10^<14>cm-2であることが分かった.水素による表面電子密度と吸着量の測定結果を合わせ,水素がH~+0.3という荷電状態で吸着していると見積った.また,水素と表面酸素欠損の相互作用を調べるために,電子刺激脱離を利用して表面に酸素欠損を導入することを考えた.SrTiO_3表面に電子線照射を行うと,表面の結晶構造を保ったまま,表面の酸素欠損量を0~1x10^<14>cm-2,電子密度を0~2x10"14cm-2の範囲で変化させられることが分かった.電子密度の変化は,表面で02・として存在していた酸素原子がESDによって中性原子として脱離し,表面に電子が取り残された(ドープされた)ことによる.酸素の曝露により,酸素欠損,電子密度は0cm-2まで戻った.伝導帯下端の評価から,電子線照射と酸素曝露による電子密度の変化に伴い,表面が半導体的な状態と金属的な状態をスイッチできることが分かった.この方法を用いて作成した表面酸素欠損を有するSrTiO_3(001)表面に水素分子を曝露すると,水素が吸着し,表面の電子密度を半減させることを見出した.これにより,水素の荷電状態をH-と見積もった.
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