研究概要 |
音楽の公演やスポーツの試合等,社会的評価を伴うパフォーマンス場面では,しばしば運動制御が損なわれ,練習の成果が十分に発揮できないことがあり,一般的には「あがり」と呼ばれている。本研究では,社会的評価ストレス下における運動制御の特徴とその神経基盤を明らかにし,音楽/身体教育の実践に直接的に役立てることを最終目標としている。本年度は,交付申請書の「研究実施計画」に記載の通り,英国University College LondonのPatrick Haggard教授の指導下で,心理物理学実験を実施した。しばしば「あがり」喚起時に,演奏家やスポーツ選手が「自分が自分を制御していない感覚」,すなわち,自分がその行為をしているという「行為主体感」の減弱が生じることが知られている。これを踏まえ,本実験では,「行為主体感」を客観的に測定するため,自発的な行為/運動とその結果として生じる感覚の主観的時間間隔が狭まるという「intentional binding現象」を用いた。健常者を対象に実験を行った結果,自発的運動(ボタン押し)の際に,他者からポジティブな反応(笑い声等)が生じた場合に比べて,他者からネガティブな反応(嫌悪の声等)が生じた場合のほうが,intentional bindingが小さくなり,行為主体感が弱まることが示された。本結果から,他者からのネガティブな反応によって行為主体感が弱まるという心理物理学的証拠が初めて得られたとともに,感情刺激を用いたintentional bindingを臨床にも応用できる可能性が示唆された。並行して,共同研究先のUniversity of Sussexにおいて,あがりが運動制御に及ぼす影響を検討した機能的磁気共鳴画像法(fMRI)実験の分析をさらに詳細に進め,論文を書き上げて現在投稿中である。
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今後の研究の推進方策 |
University of Sussexにて実施した,「あがり」が運動制御に及ぼす影響を媒介する神経機構に関する機能的磁気共鳴画像法(fMRI)研究に関しては,現在論文を投稿中で,平成25年度中に国際学術雑誌に出版する予定である。University College Londonにて実施した心理物理学実験に関しては,平成25年度も引き続きデータを分析し,PHaggard教授とスカイプ会議を重ねながら,同年度中に国際学術雑誌に投稿する予定である。また,イタリア・ミラノの精神科医グループと共同で,双極性障害患者を対象に,他者からの情動反応によって,自発行為とその結果として生じる感覚の結びつきが変化するかを検討する予定である。
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