まず史料蒐集について、計画通りの成果を収めることができた。重要なものとしては、アジア経済研究所図書室蔵の台湾総督府臨時台湾土地調査局の調査報告史料を蒐集することができた。これは土地調査の際に土地所有関係を確定する業務を担った高等土地調査委員会の裁決書やその議事録を含む大変貴重な史料である。ほかにも台湾総督府が残した公文書である台湾総督府公文類纂や、臨時台湾旧慣調査会を主導した岡松参太郎の個人文書等を蒐集することができた。 また研究内容の進捗状況としては、前年度報告書で説明した通り、今年度は生活環境を改変する都市開発過程で、台湾人の旧来の土地をめぐる慣習(業、典など)や公共事業における費用負担の慣習(寄附・労力負担など)を、台湾総督府がどのように台湾人の「旧慣」として扱い、その内実を改変しつつ利用したかという問題の解明に取り組んだ。具体的に、1902年に基隆市街地における「業主権」の裁決経過に焦点を絞り、その事件の経過、紛争の焦点および総督府の事件「解決」策を、台湾総督府臨時台湾土地調査局の文書を利用して考察した。 そこから得られた知見としては、「業主権」をめぐる高等土地調査委員会裁決のあいまいさであった。 同委員会の上位機関である臨時台湾土地調査局が体系的に「旧慣」を調査し、それに基づき同一地域には同一慣習があるとする合理的査定をしたのに対し、同局の査定に不服のある者の業主権を審議する同委員会においては、反対に「旧慣」と領台以後の内地人経済活動(借地契約等)を秤にかけ、「旧慣」を重視するという裁決がおこなわれた。しかし、そもそもこのような「あいまい」な査定を可能とするグレーゾーンを作ったのが、明治31年律令第9号の規定内容であった。委員がどの程度意識的であったかどうかはさておき、結果から見れば、高等土地調査委員会はこの「あいまいさ」を利用して裁決をしたといえよう。
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