研究概要 |
ことばに伴うジェスチャーが複数の人の間でほぼ同時に同じ形で産出されること(同期現象)が会話の進行にどのような影響をおよぼすのかを明らかにするために,本年度は実験環境と介護施設で収録した経験に関する語りを研究した.その結果,会話におけるジェスチャーの同期現象の産出位置,機能,利用される状況について一定の成果を得ることができた. 【産出位置】語りのクライマックスで同期現象が産出されやすいことを確認した.これは語り手同士における同期だけでなく,語り手と聞き手による同期でも同様であった.語りの内容を知らない聞き手がどのようにしてジェスチャーを同期させることができるのかを検討する中で,語り手が語りを構成する上で類似のジェスチャーを繰り返し用いることに着目した.ジェスチャーの同期においては、産出前に表現される内容とタイミングをかなり正確に捉えておく必要がある.会話中誰かが繰り返しジェスチャーを用いている様子は,内容を知らない者が同期産出対象を予測する上で有効なリソースとなっていることを明らかにした. 【機能】経験したことを生のまま表現するのに擬音語・擬態語が用いられることがある.本研究ではジェスチャーの同期現象と擬音語・擬態語を検討した.その結果,同時産出される擬音語・擬態語表現の多様性をひとまとめにする扇の要としての役割をジェスチャーの同期が担いうることがわかった. 【利用される状況】語りの滞りを払拭する手続きとして同期現象が利用される場合を明らかにした.そして,これまでの会話の展開方向を変える場としてジェスチャーの同期が利用されることを確認した. 実験環境での会話との比較としてはじめた介護施設のデータを検討した結果,介護職員たちは被介護者へのよりよい介助,また被介護者の自発的行動を引き出すためのはたらきかけの土台として理解を構築するために同期を利用していることを確認した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究の射程とした2点,「複数の人が産出するジェスチャーの同期がその後の会話の進行にどのような影響を及ぼしているか」「実験環境における経験の語りと職業上で得た経験の語りの差がジェスチャーの同期にどう現れるのか」に関して明らかにする手だてを得た.具体的に,前者については語りの構造と関わりがあること,後者については語りを通してその状況で達成されるべき課題への志向性の差が明らかになった.
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今後の研究の推進方策 |
現段階では新たに得た知見を立証する事例数が足りないため,引き続きデータを増やして検討を進める.本研究課題の最終目標である「実践を緻密に観察する立場から,隣接領域の研究者と共有可能な理論を構築する」ために,会話の発話を単純に追うのではなく,その場で優先される行為と発話の関係を明確にし,その上で語りの構造とジェスチャーの同期の産出位置および達成度に関するモデルを複数構築する.モデル構築にあたり,事例分析結果をまとめることと並行して,脳・神経科学研究の知見も参考にする.
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