研究概要 |
近年,ニオイは人の情動や記憶に働きかけることが明らかにされ,ニオイが持つ情報や効果が注目されたことで,ニオイを的確に評価し得る方法の検討が重要な課題となってきている.ワインのソムリエに代表されるように,ニオイを的確に評価するためには,そのニオイに特化した専門家が必要である.ヒトの主観性に影響されず,ニオイを安定かつ簡易に評価するためには,専門家の研ぎ澄まされた感覚を再現するモデルを構築し,ニオイを機械的に評価する技術が必要不可欠であるが,ヒトの感覚を統合的に表現できるモデルが提案されていなかったため,このようなニオイの評価システムは存在しない.そこで,本研究では,ニオイの専門家の嗅覚特性をモデル化し,機械的な官能検査によって感覚や感性を評価可能な人工官能検査装置を構築する. 本年度は,単分子で構成されるニオイを対象として,ヒトの感覚とニオイの脳内表現である嗅覚系の神経活動パターンを比較し,ニオイ間の類似度を神経活動から予測できるか検討した.ただし,ヒトの神経活動を計測することは技術的に困難であるため,データベースが公開されているラットの嗅覚糸球体の神経活動を用いた.まず,ヒトに対して官能検査を実施し,22種類のニオイ間の類似度を計測した.次に,神経活動の間の類似度を表す特徴量(相関,オーバーラップ率,ヒストグラム間の距離)を定義し,ヒトの官能検査結果と比較した.その結果,両者の間に中程度の相関(0.6-0.7)を見出した.さらに,定義した3種類の指標を入力とし,ニューラルネットを用いてニオイ同士が似ているか,似ていないかを予測した.その結果,60~80%の正答率が得られた.以上の結果は,神経活動パターンを用いることでヒトのニオイの感覚を予測・評価できる可能性を示している.
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今後の研究の推進方策 |
人工官能検査装置を実現するためには,単分子のニオイだけでなく,複数の分子が混合したニオイに対する感覚を予測する必要がある.そこで,これまでに構築した複数分子のニオイに対する感覚がある程度予測できるマウスの嗅覚モデルを改良し,ヒトに応用することを考える.まず,複数分子から構成されるニオイの官能検査をヒトに対して実施し,ヒトの感覚特性を明らかにする.そして,得られた結果を用いてモデルのパラメータや構造を調節する.以上により,ヒトのニオイ感覚を予測できるモデルを構築する予定である.
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