南西諸島における集団史を探るため、地域的変異の調査を続けている。本年度は、南西諸島の南端近くに位置している石垣島に居住する若年者(男64名・女86名)の歯冠に出現する非計測的形質の頻度を調査した。17形質のうち日本の在来系集団と渡来系集団で特に明瞭な差を示す12形質の出現頻度について、日本列島における各時代の12集団と比較した。その結果、石垣島現代人において在来系的特徴を示す形質はわずかに屈曲隆線(LM1)だけであるが、シャベル型(UI1)、斜切痕(UI2)、第5咬頭(UM1)、4咬頭性(LM2)、プロトスタイリッド(LM1)の比較的多くの形質では渡来系的であった。また、ダブルシャベル型(UI1)、舌側面近心辺縁隆線(UC)、舌側面遠心副隆線(UC)、カラベリ形質群(UM1)、Y型咬合面溝(LM2)、第6咬頭(LM1)の多くの形質では在来系と渡来系の中間的特徴を示していた。さらに多変量解析を適用すると、石垣島現代人は沖縄本島と種子島の現代人に最も近く、南西諸島内の地域的変異はかなり小さいことが明らかになった。これらの南西諸島の3集団は1つのクラスターを形成し、東アジアの中では東北アジア型と東南アジア型の境界領域に位置していたが、日本列島の集団の中では在来系よりも渡来系集団に圧倒的に近く位置していた。また、南西諸島の中で厳密に比較すると、種子島が石垣島や沖縄本島よりもやや東北アジア型に近く位置していた。これらの結果は、現代人に限定した場合の「アイヌ・琉球同系説」を否定する。ところが、種子島における時代的変化を考慮に入れた場合、沖縄本島の先史時代にも在来系集団が存在していたと想定され、その後に渡来系遺伝子の流入が起こった可能性を示唆するものである。南西諸島内の地域的変異は小さなものであったが、厳密な比較で認められた南西諸島内における南北のクラインは、渡来系遺伝子の流入が北から起こった可能性を示唆している。
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