本年度は消滅の危機に瀕しているアイヌ語諸方言の実地調査を行い、貴重な音声、映像資料の収集を行った。まず、沙流方言については口承文芸テキストと並んで、貴重な会話表現のテキストをかなりの量収録することができた。千歳方言については、これまで調査されていない話者からの口承文芸テキストを採録した。鵡川方言については、口承文芸テキスト、語彙を採録した。白糠方言については基礎語彙資料をかなりの量、音声、映像の形で収録することができた。浦河方言については、基礎語彙資料と、口承文芸の分類、狩猟に関わる民族言語学的な資料を採録できた。とくに狩猟に関しては、実物の模型に即して、用具(わな)に関する資料を採録することができた。様似方言については、ごく少量ながら様似内部での地域差を示す語彙資料を採録した。阿寒方言では、基礎語彙資料と、植物利用に関わる民族言語学的説明を採録することができた。これらの諸方言のうち、沙流方言、千歳方言を除けば、いずれもこれまでほとんど音声資料はおろか、言語資料そのものが欠如していた方言ばかりであり、アイヌ語の方言的差異に関して貴重な資料が得られた。特に、浦河方言と様似方言の近接度が、これまで予想されていた以上に大きい可能性のあることを示唆するデータが得られた。
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