研究概要 |
パラジウム錯体触媒存在下におけるアリルエステル類と種々の求核剤との反応は,有機合成における応用範囲も広く,遷移金属錯体触媒を用いる反応の中でも最も重要なものの一つである。しかし,反応においてアリル部位に導入できる官能基にはまだ制限が多く,さらなる研究の進展が望まれている。本研究ではアシルシランがパラジウム錯体触媒存在下アリルエステルのよいアシル化剤として働くことを見いだした。触媒として[Pd(η^<3->C_6H_5CH=CHCH_2)(CF_3COO)]_2を用いた場合,反応は容易に進行し,β,γ不飽和ケトンのみが位置並びに立体選択的に得られた。反応後の溶液の^<29>Si NMR測定を行うと,生成物に見合う量のCF_3COOSiMe_3の生成を確認した。アシルシランのケイ素基がアリルエステルのCF_3COO脱離基を有効に捕捉していることが明らかになった。本反応においてはアリルエステルのエステル部位の反応に与える影響が極めて大きかった。反応においてはトリフルオロ酢酸エステルが最も良い結果を与えたが,対応するトリクロロ酢酸エステル,酢酸エステルでは反応は全く進行しなかった。反応はパラジウム0価中心に対するアリルエステルの酸化的付加反応によって進行するものと考えられる。そこで,この触媒活性種のモデル錯体との化学量論的反応を行った。反応においては触媒反応と良く対応し,トリフルオロ酢酸部位を有する錯体が生成物を与え,酢酸エステルを有する錯体は全くアシル化物を与えなかった。このモデル錯体に対してDFT計算を行った。そのLUMOは共に極めて似ており,アリル部位のnπとPdのd軌道の反結合的な相互作用を有していた。しかし,その軌道エネルギーは大きく異なっていた(-2.537eVと-1.628eV)。アシルシランの特徴の一つが,その高いHOMO順位であることを考慮に入れると,トリフルオロ酢酸基の役割は触媒活性種であるη^<3->アリル種のLUMO順位を下げることにあると考えられる。
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