本年度は、第一遷移系列二価イオンの溶媒交換反応の反応機構を解明するために、窒素配位座分子の例として、シアン化水素を取り上げ、会合的七配位状態の性質を調べ、以下のような結果を得た。すなわち、Mnまでの周期表の前半のイオンでは、ポテンシャル面上での安定性は七水和物と同じ傾向を示し、d^0のCa(II)からd^2のTi(II)まではエネルギー極小点に、d^3、d^4のV(II)、Cr(II)は鞍点に、Mn(II)は安定点に位置する。後半部では、d^6、d^7のFe(II)、Co(II)は安定点に、d^8のNi(II)は鞍点に、d^<10>のZn(II)はエネルギー極小点に位置するなどCu(II)以外では水和物よりも安定な傾向を示す。シアン化水素和物の安定化の原因としては、π^*に対する中心イオンの3d電子のバックドネーション、エネルギー展開式の二次の項の第二項の大きさに依存すると考えられる。電子相関を評価したMP2による最適化構造では、Mn(II)やZn(II)など、非結合性d軌道が占有されたシアン化水素和物では、金属イオン-N結合が短くなり、C-N結合が長くなっている。バックドネーションの構造への影響は、主として結合長に現れる。シアン化水素和物の3d軌道によるσ反結合性軌道は、水和物とアンモニア和物の中間的なふるまいをする。アンモニア和物のσ反結合性軌道がHOMO近傍にあるのに対し、水和物やシアン化水素和物では、HOMO近傍には、配位結合に直接関与しないπ性の孤立電子対や、π結合が存在し、σ反結合性軌道はより深い位置にある。水和物やアンモニア和物の場合、中心金属イオンの4s軌道はLUMOにある。一方、シアン化水素和物の場合、周期表でMnよりも右側ではLUMOはシアン化水素のπ^*軌道であり、中心金属イオンの4s軌道はエネルギー的により高い。σ反結合性軌道の軌道エネルギーを下げ、4s軌道エネルギーを押し上げる配位子を導入すると溶媒交換反応の反応機構を支配する七配位化合物を安定化できると考えられる。
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