理論化学分野の急務のひとつである遷移金属の関係した化学反応の反応性を予測、制御するための指針作成を目指して配位子交換反応における中心金属のd電子配置の役割に焦点をあてて研究を行った。 計算にはRHF法、UHF法、MP2法および一電子励起CI法を用いた。第一遷移系列金属に対しては、Wachtersのdouble zetaに分極関数を加えたDZP基底関数を使用した。配位子の炭素、窒素、酸素に対しては、Huzinaga-DunningのDZP基底関数を使用した。水素に対しては、Huzinaga-DunningのDZ基底関数を使用した。利用したプログラムはGaussian 98、MOLCATおよびmoviewである。 シアン化水素和物は、水和物およびアンモニア和物と比較して安定な七配位錯体を形成する傾向を示す。この原因を究明するために一電子励起CI計算:を行い、励起エネルギーを見積もった。対象とした全ての場合について、シアン化水素和物の方が、水和物よりも大きな励起エネルギーであることが明らかとなった。励起エネルギーが大きいため、シアン化水素和物は七配位状態からの分子構造変化による安定化の効果が小さくなるものと考えられる。この傾向は七配位状態の4s空軌道と3d反結合性占有軌道の軌道エネルギー差における傾向と完全に一致している。 多くの実験で頻繁に使用されるアセトニトリルを配位子とした場合についても検討した。二価イオン配位化合物の分子構造に関しては、シアン化水素配位子の場合とよく似た結果が得られた。構造安定性に関しては、シアン化水素和物よりも、後周期の化合物において不安定になり、水和物の場合に近い性質を示すようになる。これは、メチル基の配位座部分への電子押し出し作用により、配位占有軌道の軌道エネルギーが高くなり、七配位構造からのずれが生じた際の大きなエネルギー低下が期待されるからであると思われる。
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