酸塩基間のプロトン移動平衡におけるニトロアルカン類の異常性はnitroalkane anomalyと呼ばれている。水中においてニトロメタンがニトロエタンよりも弱酸であるのも関わらずより大きなプロトン移動反応速度を示す現象は一つの典型的な例である。本研究では、abinitio分子軌道法計算計算によって、(1)ニトロアルカンの示す酸塩基平衡の異常性はニトロアルカンの固有の性質に由来するか、すなわち気相で異常が起こるか、(2)溶媒の水はどのような役割をしているか、(3)不均衡遷移状態は、ニトロアルカンの反応で実際に存在するか、(4)異常性の原因は何か、という諸問題について考察した。具体的には、ニトロメタン、ニトロエタンおよび置換フェニルニトロメタンと水酸化物イオン(OH-)ならびにジアン化物イオン(CN-)との気相および水中でのプロトン移動反応をモデル化し、HF/6-31+G^*、B3LYP/6-31+G^*、MP2/6-31+G^*およびMP2/6-311+G^<**>レベルでの理論計算によって検討した。まず、塩基として水酸化物イオンを用い、気相での反応を検討したところ、遷移状態は検出されなかった。一方、より弱い塩基であるシアン物イオンとの反応では、いわゆるdouble-well potentialが観測されたが、酸塩基平衡の異常性は観測されなかった。これに対し、水のクラスターモデルを用いた計算では、水酸化物イオンとの反応においても遷移状態が存在し、しかもニトロメタン、ニトロエタンの反応系ではnitroalkane anomalyが検出された。解析の結果、このanomalyは、遷移状態のimbalanceに由来していることが分かった。同じくラスターモデルを用いても、置換フェニルニトロメタンの反応系では異常性は見いだせず、この反応系では、バルクの水の効果が重要であることが示唆された。
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