研究概要 |
プロトン移動反応は化学のみならず生物化学的にも重要な反応であるが、そのダイナミクスにはいまだ未解明な部分が多い。本研究では本年度、分子内光プロトン移動反応の系としてアントラキノンのジヒドロキシ誘導体を、また分子間光プロトン移動反応の系として7-アザインドール二量体をとりあげ、その超高速光プロトン移動反応ダイナミクスをフェムト秒時間分解蛍光分光法によって研究した。アントラキノンのジヒドロキシ誘導体に関しては、1,8-誘導体であるクリサジンをはじめ、いくつかの分子でプロトン移動後の互変異性体に帰属される蛍光が光励起後50fs以内で現れることを見出した。これは、これらの分子では、励起状態で波動関数が非局在化していて、それを反映しておこる、光励起直後励起状態ポテンシャル上のノーマル体の位置にできた核波束が互変異性体の位置へとコヒーレントに移動する過程が、その光プロトン移動の本質であることを示唆している。一方、7-アザインドール二量体のプロトン移動反応に関しては、プロトン移動の反応機構が協奏的か段階的かということに関して論争がおきている。すなわち前駆体励起状態からの蛍光に観測される約200フェムト秒の寿命の成分に関して、これを初めて観測したわれわれが、これは電子状態の緩和によるダイナミクスでありプロトン移動はこの電子緩和のあと協奏的に進むと結論したのに対して、遅れて研究を行ったアメリカのグループはこれは2つのプロトンが段階的に移動するため現われるダイナミクスであると主張している。そこで、この反応の機構を明らかにするために、蛍光ダイナミクスの励起波長依存性を270nmから313nmの範囲で綿密に測定した。その結果、問題の時定数200fsの成分は励起波長が長くなる(励起エネルギーが小さくなる)にしたがって小さくなり、最も低いエネルギーでの光励起においてはほとんど消失することを見出した。
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