後周期遷移金属化合物を触媒とする反応は、有機合成化学的に非常に有用であり、これまで多くの実験的研究が行われている。また、その反応機構を知ることは、触媒反応の設計上重要なことから、計算科学的な研究も非常に盛んである。われわれは、最近、11族金属を触媒とする有機合成反応を新たに開発し、成果を上げている。その一連の研究の中で、金(I)錯体を用いたヒドロシリル化反応を発見した。金(I)錯体は、後周期遷移金属からなる錯体でありながら、有機合成反応の触媒として使われた例は非常に少なかった。最近、われわれが発見した例を含めて、金錯体触媒が、有用な触媒として働くこと例が報告されている。しかしこれまで、金錯体を用いた触媒反応を計算化学的に考察した例はない。われわれは、自分たちが発見した金(I)錯体の触媒反応の計算化学的研究を行い、その結果、金(I)錯体を用いる触媒反応に対する有益な知見を得た。 金ヒドリド錯体、アルデヒド、ヒドロシランの出発系から比較して遷移状態Aの活性化エネルギーは+15.8kcal/molであった。この付加反応のあと、金アルコキシド錯体が形成されるが、その生成エネルギーは原系に対して26.1kcal/mol安定である。次の金アルコキシド錯体とヒドロシランの反応の遷移状態Bは原系に対して-16.5kcal/mol安定であり、反応前の金アルコキシド錯体とヒドロシランからの活性化エネルギーは+9.6kcal/molとなる。この反応の結果、原料であるアルデヒドがヒドロシリル化されたシリルエーテルが生成し、同時に触媒活性種である金ヒドリド錯体が再生し触媒サイクルが一巡する。この触媒1サイクルに伴う全生成エネルギーは50.1kcal/molである。 これまで実験的な研究例が少なかった金(I)錯体の触媒反応について、始めて計算化学的な考察を行った。金(I)錯体を用いた触媒反応の研究はようやく始まったばかりであり、今回の反応も含めて、反応機構の研究は少ない。触媒反応に関する過去の蓄積が金(I)錯体ではあまりなく、また他の反応に参考を求めることができない今回のような反応では、金(I)錯体が、この反応の途中でどのような中間体・遷移状態をとり、どのようなエネルギー変化を取りながら触媒サイクルが進行するかは、計算化学の方法を用いることで始めてわかることであった。今回得られた成果は、さらに高度な反応の設計に役に立つことが予想できる。
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