溶液内で起こる様々な化学過程において、溶質分子の電子状態が溶媒和によって変化し、気相(孤立系)における化学過程とは全く異なった様相を呈する事例は数多い。このため、溶媒和効果を電子状態理論に取り入れる試みが近年盛んになってきた。RISM-SCF法は、電子状態理論と分子性液体の積分方程式理論(RISM)を組み合わせ、両者を無矛盾に解く方法であり、これまで様々な溶液内化学現象の説明に成功してきた。同法が他の類似理論に比較して優れている点は多々あるが、中でもとりわけ重要なのは、溶媒和の詳細を分子レベルの詳細な情報として得られる点である。 多くの生体内分子やそこでの化学過程を実験的手法で追跡する場合、分子レベルの情報を直接得ることは一般には非常に困難である。NMR化学シフトや反応速度、溶媒再配置エネルギーなどの種々の観測量を手がかりとして、間接的情報から現象を理解することになる。この研究課題では、従来不可能であった、こうした観測量を直接予測できる理論の構築を行って実際の化学系へ応用することで、その有効性を示した。 (1)溶液内分子のNMR化学シフト理論の構築:RISM-SCF法を基に、溶液内分子の化学シフトを第一原理から予測する方法を開発し、実際の化学系へ応用してその有効性を示した。本研究で開発した理論は、非経験的に、溶媒和構造と、その溶媒和構造のもとでの核遮蔽定数を得ることができる世界で初めての理論である。また、本理論では、核遮蔽定数の溶媒、圧力、温度依存性を得ることができるが、同様のことが可能な理論は現在の所、他に提案されていない。 (2)RISMは元来平衡状態にある液体のための理論であるが、Chongらによって提案された方法で、非平衡状態までも記述することが可能である。そこで、同法とRISM-SCF法を組み合わせることで、溶媒ゆらぎに沿った自由エネルギー面を計算し、[Ru(NH3)6]2_+/3_+の酸化還元過程に伴う溶媒再配向について考察した。
|