研究概要 |
NMRの最も基本的なデータである化学シフトは立体化学の議論や配座解析に用いられることは少ない。しかし、化学シフト値にも分子の三次元情報は豊富に含まれており、立体化学の議論や立体配座解析にこれを利用し得るはずである。そこで本研究ではそれを用いてフレキシブルな化合物の動的な配座平衡の解析をおこなった。 一般に複数の立体配座が速い動的な平衡にある場合の化学シフト値は、多数の配座の過重平均として観測される。ここではフレキシブルな化合物の一例として芳香環を架橋鎖で連結したシクロファンの解析を行った。特に架橋鎖にエーテル基をもつ1,4,11,14-テトラオキサ[4.4]メタシクロファンは結合定数やNOEからの情報が得られないことと、鏡像体への環反転があることから従来法ではまったく解析出来なかった。しかし芳香環の環電流と架橋鎖のエーテル基による誘起シフトの計算と分子力学計算法を併用してこの化合物の溶液中における安定配座を決定することに成功した。続いて縮合多環芳香族化合物における芳香環の環電流による磁気異方性効果を求めるため、溶液中でも構造が変化しない堅固な骨格をもつステロイド化合物にナフタレンを二つ縮合した7,8-ジヒドロジベンゾフェナントレン骨格をエチレンケタールで結合した化合物を合成し、それらの化学シフトと対照化合物のそれの比較からナフタレン環の磁気異方性効果を求めることに成功した。このようにして求めた、ナフタレン環の磁気異方性効果からナフタレン環の環電流はベンゼン環のそれを単純に二つ加算することにより再現することができることを明らかにすることができた。
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