最終年度においては、化学シフト計算法をキラルな二級アルコールの絶対配置の決定に適用した。キラルな二級アルコールの絶対配置の決定に化学シフトを用いる手法はMosher法がその基本であるが、楠見らの改良法をはじめ多くの手法が提案されている。この手法はキラルなカルボン酸(例えばmethoxytrifluoromethylphenylacetic acid (MTPA)のエステル体における化学シフト値と、絶対配置を決定すべきに二級アルコールのそれとの差に基づいて絶対配置を決定する手法である。この手法は化学的な変換により絶対配置の既知な化合物に誘導する手法に比較して簡便であることから、多くの研究者に利用されているが、定量的な取り扱いは少ない。しかし、我々の手法は理論的な計算に基づく化学シフトの変化量の絶対値が算出できるため、信頼性の高い定量的な手法と成り得る。キラルなカルボン酸として、芳香環の回転を考慮する必要のないインダン骨格を含む堅固なものを選び、磁気異方性発色団とも言うべき芳香環にベンゼンとナフタレンを用いた。これらのキラルなカルボン酸と光学活性な市販の1-メントールとのエステル形成による化学シフト差を求めた。さらにこれらのエステルについて分子動力学計算を行い、そこから得られる動的構造を用いて、芳香環の環電流効果に基づく誘起シフトを計算したところ実測値を良く再現したことから、二級アルコールの絶対配置の決定に化学シフト計算法が有効であることを示せた。
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