幾何学的フラストレーションがある結晶構造をもつ遷移金属カルコゲナイドで、特に軌道縮退が考えられる磁性元素を含む系を対象に、興味深い物性を示す物質の探索を行った。特に(1)ここ数年来研究している三角格子化合物BaVS_3およびその関連物質の系統的研究と単結晶育成、(2)スピネル硫化物(チオスピネル)CuV_2S_4とその関連物質の異常物性に対する、フラストレーションの観点からのアプローチ、(3)三角格子層状カルコゲナイド(インカレート系)における物質探索、などを行った。(1)に関しては、中性子散乱の実験より、BaVS_3は30K以下で静的な長距離磁気秩序(incommensurate変調をもつ反強磁性的秩序)を持つことをはじめて明らかにした。また、磁気転移点30Kと金属絶縁体転移温度70Kとの間は巨視的磁化率の減少が観測されるものの、静的磁気秩序は観測されず、非常に特異な(スピン液体的)状態であることを提唱した。また、テルルフラックス法による、単結晶作製を継続的に行い、結晶を国内のいくつかのグループに供給した。(2)に関しては、スピネル化合物はラーベス相と同じ頂点共有四面体格子を持ち、典型的な3次元フラストレート系である。我々のグループでは、長年、ラーベス相化合物YMn_2におけるフラストレーションの効果を議論してきたが、スピネル化合物CuV_2S_4は磁気的基底状態は全く異なるものの、YMn_2と類似する点がある。例えば、高温域の磁化率は弱い温度依存性を示し、なだらかなピークをとる。そこで、CuV_2S_4がフラストレート系であるとの仮定の下に、いくつかの検証実験を行った。たとえば、Vサイトを非磁性のSnで置換すると、磁化率にCurie-Weiss型の温度変化が現れ、Y(Mn-Al)_2系とよく似た現象を示すことがわかった。従って、CuV_2S_4ではVサイトのフラストレーションが少なからず、物性を支配していると結論される。(3)に関しては、特に遷移金属ダイカルコゲナイドTS_2およびTSe_2に磁性元素Mをインタカレートした系M_xTS_2およびM_xTSe_2の実験を行った。フラストレーションが期待されるx=1/4を中心に調べているが、多くは反強磁性的な転移を示し、その転移点は数Kのオーダーである。この系に対しては、現在、試料作製法の探索と基礎的な物性測定をしている段階である。
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