研究概要 |
線虫C.elegansは一連の化学物質を感知し、それに近寄って行く化学走性といわれる行動を示す。我々は化学走性に関する連合学習と考えられる現象を見いだした。すなわち、NaClなどの水溶性誘引物質存在下で飢餓を経験させると、その物質に対する正の化学走性がなくなり、逆に忌避行動を示すようになる。この化学走性の可塑性に欠損のある変異体として、JN683,osm-12,daf-2などを見いだしている。このうち、daf-2遺伝子は、インシュリン/IGF-Iレセプターに相同な蛋白質をコードし、耐性幼虫(dauer larva)と呼ばれる発生ステージへの切り替えに関与している。他のdaf変異体についても学習能を調べてみたところ、強い学習欠損はdaf-2にだけ見られ、インシュリン系が学習に密接に関連していることが示唆された。daf-2の温度感受性変異体を用いて温度シフト実験を行ったところ、条件付けの際よりも、条件付けの後に化学走性行動を行う際にDAF-2の機能が重要であることが分かった。 一方、我々は線虫のRas-MAPキナーゼシグナル伝達系が匂い物質の感受(嗅覚)に重要な機能を果たすことを見いだしている。今回、匂い物質への化学走性の可塑性の現象を見いだした。すなわち、濃い匂い物質に短時間線虫を浸すと、その匂い物質への化学走性が消失し、弱い忌避行動を示すようになった。Ras-MAPキナーゼシグナル伝達系の変異体は、この可塑性(仮に嗅覚抑圧と呼ぶ)に強い欠損を示した。変異体を用いた実験より、線虫の嗅覚神経のうち、誘引行動を引き起こすAWC神経と、忌避行動を引き起こすAWB神経、さらにAWCに支配される介在神経AIYがこの行動に必要であることがわかった。介在神経AIYの機能を介して誘引行動と忌避行動のバランスが制御されていると推定される。
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