昆虫の視覚情報は、複眼にある網膜にアレイ状に並んだ光受容細胞群で明暗の分布情報として検出され、脳側部の視葉に送られる。この低次視覚感覚野の回路構造は、哺乳類と昆虫で類似性が高く、これまでかなり詳しく解析されてきた。しかしここから脳のどの高次領野に、どのような情報が出力として受け渡されているのかについては、不明な点が多く、物体の総合的な形状認識や方向の定位など、より高次の視覚情報処理過程を解析する上で、大きな障害になっている。本研究では4500系統を超える我々の世界最大規模のGAL4エンハンサートラップ系統コレクションから3939系統をスクリーニングし、低次領野である視覚葉から高次脳領域である脳本体とを結ぶ投射神経をラベルする系統を探索した。この結果、既知の12種類の投射神経のうちの10種類に加え、新規発見の経路31種類、合計41種類の情報伝達経路を同定した。これによって、高次脳領域にある7つの視覚領域には、それぞれ視葉内部の3つの主な領域からの投射が混じり合って連絡していること、しかし投射線維の形態や数には、視覚領域ごとに差があることが分かった。 またこれらの系統を用いて、神経伝達物質のリサイクルに必要なタンパクdynaminの温度感受性優性突然変異shibire^<ts>の遺伝子を脳の一部で特異的に異所発現させた。昆虫の走光性行動は、明るさを好むという単純な走性ではなく、光源の方向を認識してそれに対して進路を定位する、高度な制御行動である。それぞれの情報伝達経路をshibire^<ts>の異所発現によって阻害した結果、例えば視葉の左右相同な領域を連絡する線維の連絡を遮断すると、走光性が大きく損なわれることが分かった。
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