研究概要 |
今年度は海馬のシナプス可塑性調節機構についていくつか新知見を得ることが出来た。記憶に情動が関与していることは示唆されていたが、その直接的な証明や機構の解明はほとんどなされていなかった。まず、麻酔下のラットの貫通線維-歯状回顆粒細胞シナプスで刺激条件を工夫して、連続したシナプス可塑性が観察されるようにした。このシナプス可塑性は扁桃体外側基底核(BLA)に弱い刺激を与えると長期増強(LTP)が抑制されて長期抑圧(LTD)が起こりやすくなり、逆にBLAを高頻度刺激するとLTDが抑制されてLTPが増大した。BCM (Bienenstock,Cooper,Monro)曲線を描いてみるとBLAの活動レベルにより、両方向性(曲線の上下)にダイナミックに変動していた。また、この調節はその時点のBLAの活動レベルだけでなく、それ以前の活動履歴にも影響された。さらにBLA刺激は嗅内野皮質を介して間接的に歯状回シナプスを調節しており、外側貫通線維と内側貫通線維間のヘテロシナプス可塑性調整であることを明らかにした。海馬を摘出すると興奮性が失われるが実際の脳内では興奮性の上昇と低下を繰り返している。そこで摘出した海馬CA3野スライス標本に人工的に興奮性変動を与えてみた。数十ヘルツのガンマ波に相当する弱い電位変動をバックグラウンドで与えると、バックグラウンドで与えた周波数の伝達のみが特異的に増強された。また、バックグラウンドの弱い変動が存在した方が、1回刺激によるシナプス伝達の確度および神経細胞間の同期率が上昇した。さらに外液にカルバコールを加えると興奮性が上昇したが、連続的ではなく5つの状態を遷移することが明らかになった。この遷移はCA3野錐体細胞間で同期していた。これらの興奮性に依存した非線形的なシナプス伝達の変化には反回性の神経回路が重要な役割を果たしていることを示した。
|