中枢神経系回路網の形成には、個々のニューロンが移動して正しく配置し、更に情報伝達の方向に従って樹状突起や軸索等の機能構造を形成するべく、細胞極性を獲得することが不可欠である。小脳皮質ニューロンの顆粒細胞は、発生中際立った極性を獲得し、大規模に方向転換を繰り返しながら細胞移動したのち、特徴的な軸索と樹状突起を分化させる。顆粒細胞の極性形成を制御する分子の一つとして、我々はpaired typeのホメオボックス遺伝子Pax6の機能を同定した。Pax6変異動物の顆粒細胞は軸索束を形成せず、正しい細胞移動が起らない。培養したPax6変異顆粒細胞は種々の顆粒細胞分化マーカーを正常に発現するが、神経突起形成が過剰に昂進しており、軸索の極性化と伸長が阻害されていた。この異常は顆粒細胞自身のPax6発現の欠如によって起こることが、以下2つの実験で明らかになった。-(1)Pax6変異細胞の形態異常はPax6の強制発現によってレスキューされるが、野生型顆粒細胞との混合培養ではレスキューされなかった。(2)レトロウィルスを用いて、野生型の脳に内在性のPax6の転写活性を抑制するドミナントネガティブ変異分子を強制発現させると、ウイルスの感染を受けた細胞の形態分化と移動が選択的に阻害された。-即ち、Pax6が顆粒細胞の形態と移動の極性を司る内在性調節因子である事が示された。更にPax6変異顆粒細胞を培養し、突起形成過程を観察すると、成長円錐の運動性と軸索形成が昂進しており、軸索伸長している顆粒細胞の細胞骨格制御系に異常がある事が示唆された。この表現型はアクチン骨格を制御するROCK/Rho経路を阻害した顆粒細胞に見られる異常と類似していたが、薬剤処理実験の結果から、Pax6とROCK/Rho経路は独立であり、並立する細胞骨格編成系を制御することが示唆された。 今後Pax6の下流で制御される細胞骨格編成機構を明らかにすると共に、顆粒細胞の移動方向や形態分化を制御する内在性の極性化因子をさらに探索して行きたい。
|