研究課題
嗅球の軸索は、終脳の外側を伸長して嗅索を形成する。この嗅索の軸索のうち一部のみを染色することから、モノクローナル抗体H1-2c7が当研究室で単離された。発生ステージにより染色パターンには若干の違いはあるが、常に嗅索中の腹側表層に位置する一群の軸索に染色が認められる。この染色パターンの意味を知るために、H1-2c7抗体の認識する抗原分子を検索した。その結果、この抗体は膜型チロシンキナーゼレセプターc-kitを認識していることがわかった。嗅球内でのc-kitの発現をしらべたところ、脳室帯と僧帽細胞層の間の中間帯に分布する細胞体に強い発現が認められた。この位置に存在する細胞としては二種類の可能性が考えられる。一つは分裂を終えたばかりの僧帽・房飾細胞で、もう一つは発生途中の顆粒細胞である。ブロモデオキシウリジンを用いた細胞トレース実験から、c-kitを発現するのは分化直後の僧帽・房飾細胞であることがわかった。これらの細胞は、脳室帯から表層に向かって放射状に移動する際に、一過的にc-kit蛋白質を発現していると考えられた。これらの結果を総合すると以下のシナリオが考えられる。1)嗅球の僧帽・房飾細胞は、最終分裂直後に一過的にc-kitという共通の蛋白質を発現する。2)これらの同時期に分化した投射神経細胞の軸索は、嗅索の中の特定の位置を束になって伸長する。3)発生が進むと、先程の投射神経におけるc-kitの発現は停止し、また新たに分化した僧帽・房飾細胞でc-kitの発現が起こり、その軸索が嗅索内の特定の領域を伸長する。これまでの研究で、嗅球における僧帽・房飾細胞体の位置と嗅索内の軸索配置との間にはトポグラフィックな対応関係はないとされてきた。本研究は、その結果を追証すると共に、嗅索内の軸索には発生ステージの違いに応じた組織化が存在することを示した。
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