大気中の匂い分子は嗅細胞の発現する匂い受容体により認識される。マウスでは約1000種の匂い受容体の遺伝子が存在するが、個々の嗅細胞はこのなかから1種類をのみを選んで発現する事が知られている。同じ匂い受容体を発現する嗅細胞は嗅上皮上では散在しているが、その軸索は収束して同一の糸球体へと投射する。結果として、嗅球表面には匂い受容体の種類によって特徴づけられる糸球体の地図ができあがる。嗅神経の投射において、匂い受容体自身が非常に重要な働きをすることがわかっている。たとえば、ある匂い受容体遺伝子座に別の受容体を組み替えてやると、その遺伝子を発現した軸索は、元々の受容体とも新しく獲得した受容体とも異なる第3の糸球体に収束すると報告されている。 嗅神経投射において、嗅細胞の神経活動が関与するか否かについては大きな論争がある。そこで、Hebb型学習則に基づく活動依存的神経回路モデルを用いて嗅神経投射のシミュレーションを行い、現在までに示されている実験データをどこまで説明できるか検討した。一般的に軸索投射は大まかには活動非依存的にガイドされ、活動依存的に最終的な調整が行われると考えられている。本研究ではその考えを基に、活動依存的な嗅神経相互作用が働く範囲を48 x 48の格子内に限定し、その中で16種類の匂い受容体を発現する嗅細胞の軸索が相互作用する様子を、Tanakaの自己組織化モデルを用いてシミュレートした。その結果、仮想匂い分子の刺激により、同じ受容体を発現する嗅細胞が糸球体様構造に収束することが示された。さらに、匂い受容体欠損マウスにおける嗅神経投射のパターンや、トランスジェニックマウス等で遺伝子改変した匂い受容体遺伝子アレルを発現する軸索の分離など、多くの実験結果をこのモデルによりうまく再現することができた。
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