研究概要 |
昆虫の複眼が視覚器官として機能するためには,各個眼内に一定の数の光受容ニューロンが生み出され,それらが特定のニューロン種として正確に運命決定されなければならない.ショウジョウバエ核内リセプターSeven-upは光受容ニューロンの内4個(R3/R4/R1/R6)でのみ発現しており,R3/R4/R1/R6とR7タイプのニューロンの間の遺伝的スイッチとして光受容細胞のニューロン種特異化に中心的役割を果たしている.しかし,seven-up機能喪失型突然変異系統では,細胞自立的なニューロン種運命転換の症状の他に,細胞非自立的に過剰のニューロンが生成されるという症状が存在する.このことから,Seven-upはニューロン「種」決定だけでなく,ニューロン誘導を制御することによりニューロン「数」の調節にも機能していると考えられた.この分子機構を解析するため,光受容ニューロンの分化に必要なras/MAPKシグナル伝達経路の抑制因子に着目した.rasシグナルを細胞内で抑制するSprouty蛋白質は8個の光受容ニューロン(R1-R8)の中の特定の細胞(R2/R5/R7)で特に高レベルで発現する.我々は,Sproutyの細胞種特異的発現は,R3/R4/R1/R6でSeven-upがsprouty遺伝子の転写を抑制することによって達成されていることを見いだした.Sprouty発現レベルの差に起因するrasシグナルの細胞種特異的活性調節は,rasシグナルによって転写が活性化されるargos遺伝子の転写に反映される.実際,Seven-upを発現しない細胞(R2/R5/R7)においては,Sproutyによってrasシグナルが抑制されるため,argos遺伝子の発現が減少しており,sprouty変異ではR2/R5においてもargosの強い発現が持続することがわかった.argosはEGF様の分泌蛋白質をコードし,周囲の細胞が神経誘導分子EGFによってニューロンに特異化されるのを細胞非自立的に阻害する.これらの結果から,Seven-upはSproutyを介してargos遺伝子の転写調節を行うことにより,液性因子によるニューロン誘導の制御を司っていることが明らかになった.
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