C.elegansは、ある種の匂い物質には正の走化性を示すのに対し、銅イオンには忌避反応を示す。匂い物質と銅イオンとの両方を感覚した際には、それぞれの濃度に依存して、どちらの応答を優先するかが変化する。これまでの知見から、この行動には約10対の神経からなる神経回路が関与していると考えられる。我々が同定したut236変異体は、匂い物質・銅イオンのそれぞれに対する応答は正常だが、両者の存在下では野生型に比べ銅イオンからの忌避反応を優先する。このut236変異体は学習にも異常がみられた。野生型ではNaClと飢餓の対提示によりNaClへの走化性が変化しNaClを忌避するようになるが、ut236変異体ではこの変化が野生型より小さい。一方、飢餓による単純な行動の変化には異常がみられなかったことから、ut236変異体は飢餓により誘導される学習過程に異常があると考えられた。ポジショナルクローニングを行ったところ、ut236変異体の原因遺伝子は、LDL受容体リガンド結合ドメインを持つ新規の分泌タンパク質をコードしていた。この遺伝子産物に対する抗体を用いた免疫染色により、この遺伝子は各一対ずつの感覚神経と介在神経の細胞体と神経軸索でのみ発現していることがわかった。また、シナプス小胞の輸送に異常があるunc-104(キネシンKIF1Aホモログ遺伝子)変異体では、この遺伝子産物の軸索への局在が見られなかった。さらに、様々なプロモーターを用いた強制発現の実験から、この分子は神経系において細胞非自律的に働くことがわかった。また、熱ショックプロモーターを用いて、表現型の回復に必要な時期を調べたところ、神経の発生期に発現していても表現型は回復しないが、成熟した神経回路上に発現していると表現型が回復した。以上のことから、この分子は感覚情報の修飾や学習に広く関わる新規の神経機能調節因子であると考えている。
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