研究概要 |
我々は、心筋胎児型遺伝子である心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)遺伝子上の神経特異的転写抑制エレメント(NRSE)が、転写抑制因子であるNRSFとHistone Deacetylase(HDAC)の複合体を介して遺伝子発現を抑制し、またこの転写抑制が肥大シグナルにより解除されることが、ANP遺伝子再誘導に重要であることを世界で初めて報告した(Kuwahara-K, et al. Mol Cell Biol.2001;21:2085-97.)。さらにNRSEは他の心筋胎児型遺伝子BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)、skeletal α-actin(SKA)遺伝子上にも存在することから、NRSFの胎児遺伝子更にはその源流に存在する心不全発症の分子機構におよぼす役割を解明した。 本年度は、優勢抑制型NRSFを発現するアデノウイルスベクターやHDAC阻害薬であるTrichostatin A(TSA)を心筋細胞に添加して遺伝子発現変化を検討した。さらに優勢抑制型NRSFを心筋特異的に発現するトランスジェニックマウスを作製し、遺伝子発現の変化およびその心機能を検討した。その結果、優勢変異型NRSFを発現した培養心筋細胞では、ANP, BNP, SKA遺伝子発現が有意に亢進し、肥大刺激によるその再誘導は減弱した。また心筋細胞にTSAを添加するとやはりANP, BNP, SKA遺伝子発現が亢進し、その亢進は優勢変異型NRSFの存在下ではみられなかった。αMHCプロモーターを用いて優勢抑制変異型NRSFを心室特異的に発現させ、心室特異的にNRSF-HDAC複合体の作用を阻害したマウスでは、通常状態でANP, BNP, SKA遺伝子が特異的に発現亢進している一方で、急性圧負荷によるBNP発現亢進反応は減弱した。このマウスは8週令前後から20週令までの間にその約6-7割が突然死していた。心エコーおよびカテーテル検査にて進行性の左室収縮不全、拡張不全および左室拡大を観察され、また組織学的には心筋細胞変性および間質の線維化が認められた。 以上、心筋胎児型遺伝子再誘導にNRSF-HDAC複合体による抑制の解除が関与していることが考えられた。
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