心不全は先進国における最も重要な医療問題の一つである。心不全の成因は近年の分子生物学の進歩により理解が深まったが、まだ不明確な点は多い。 心不全では、心臓特異的胎児型遺伝子の再発現現象が観察されるが、中でもANP・BNP遺伝子の再発現現象は最も再現性高く観察される現象である。しかしながら、ANP・BNP遺伝子の再発現現象の分子機構は解明されておらず、機序を解明することにより、心不全の成因の基盤に共通に存在する分子機構に迫れるのではないかと仮定した。 BNP遺伝子の転写調節機序を検討した結果、BNP遺伝子転写調節領域に存在するNRSE配列が再発現に関与していることをin vitroの系で確認した。NRSE配列には強力なサプレッサーであるNRSFが結合することが知られている。BNP遺伝子は、定常状態ではNRSE/NRSF系によって強く転写抑制されているが、一旦肥大刺激が加わるとこのNRSE/NRSF系による転写抑制が回避され、その制御下にあるBNP遺伝子の転写が亢進することを見いだした。また、NRSE配列はBNPのみならず、その他の胎児性遺伝子にも存在していることがコンピュータ検索で明らかになった。 dnNRSFを心筋細胞に特異的に過剰発現させたマウスを作成し、in vivoでのNRSE/NRSF系の意義を更に検討すると、このマウスは正常に出生するが、このマウスの左室は肥大相を経ずに拡張し始め生後20週までに拡張と収縮障害を来した。組織学的には心筋細胞の大小不同、間質の線維化、超微細構造ではサルコメアの断裂、Z帯の途絶、ミトコンドリアの増勢と破壊が認められ、肥大型心筋症と類似であった。さらに、心室頻脈から心室細動によって突然することが解明された。NRSF系の機能破壊をもたらすだけで、解剖学的、機能的な多くの心不全に特徴的な異常を再現することができNRSFが心不全のマスター遺伝子的働きを行っている可能性が示唆された。
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